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愛情は何よりの調味料

『ありがとうございます、楽しみにしています。クリームシチューは私も……』  控えめに笑みを返し、篠宮は今この瞬間における、嘘偽りのない正直な思いを口にした。 『今まで食べたことがないので』 「ちょちょっ、ちょっと待って篠宮さん! マジ? クリームシチュー食べたことないって?」  篠宮の一言を聞いて、結城が急に顔色を変える。 「ああ。レストランのメニューにあるのは、ほとんどがビーフシチューだろう。白いシチューは食べたことがないな」  何をそんなに慌てているのか。結城のうろたえぶりを怪訝に感じながら、篠宮は答えを返した。結城が青ざめた顔のまま振り返って、階段の下にいるアンジーに声をかける。 『アンジー! やっぱクリームシチューは無し! ビーフシチューにして』 『え? どうしたのよ急に』  彼女が眼を丸くして問い返す。篠宮は彼の後ろで頭を抱えた。今までの付き合いで、結城の言いたいことはなんとなく想像できる。 『だって篠宮さん、クリームシチュー食べたことないんだって!』  結城の口から、篠宮の予想と一字一句違わない言葉が飛び出す。結城のいつもの挙動を見ていれば当然予測できる答えではあったが、アンジーはそれを聞いて不思議そうな顔をした。 『別にいいじゃない。私、クリームシチューは得意料理よ。あなたの大事な恋人が初めて食べるのに相応しい、非の打ち所のないシチューをご用意するわ』 『余計に駄目だよ! 篠宮さんが初めて食べるクリームシチューは、俺が作ったのじゃなきゃ駄目! 篠宮さんの初めては、ぜんぶ俺がもらうから!』  結城が必死の形相で訴えかける。呆気に取られた顔をしながらも、彼女はすぐに結城の心情を理解してくちびるの端を上げた。 『驚いた。本当にべた惚れなのね……分かったわ。今日はビーフシチューにしてあげる。ねえミスター・シノミヤ。クリームシチューはカナトに作ってもらってね。私のより味は落ちるけど、代わりに愛情がこもってるから』 『あっ、愛情……ですか』  しどろもどろになりながら、篠宮はどうにか返事をした。同性同士であるということはひとまず置いておくとしても、自分がこんなにも深く愛されていると認めるのは、どうにも気恥ずかしい。 『そ。愛情は何よりの調味料よ。ところで、さっきから気になっていたんだけど……ね、ミスター・シノミヤ。二人でピクニックに行くのに、そんな白いシャツを着ていくの?』  微かに眉をひそめ、彼女は篠宮の下ろしたてのシャツを見つめた。  なぜ、いきなり衣服の色の話などし始めたのだろうか。面食らいつつも、篠宮は注意深く彼女の言葉を反芻した。  もしかすると、白い服を着ていることによって、特定の虫に刺されやすくなるなどの理由があるのかもしれない。この辺りには危険な動物はいないということだったが、蜂や蚊となるとまた話は別だ。

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