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大好きなご主人様

「できたできた! どう? 綺麗でしょ?」  風に乗って飛んでいくシャボン玉を指差し、結城が我が事のように喜ぶ。陽の光を受けた丸い球は、虹色に輝きながら空高く舞い上がった。 「……ああ」  篠宮は素直にうなずいた。石鹸液をストローにつけて吹く、ただそれだけの遊びがなぜこれほど大昔から愛されているのか、ようやく解った気がする。夢のように美しく舞い、儚く消えていくシャボン玉には、単に理屈だけでは説明できない魅力があった。 「俺にもやらせてよ」  悪戯っ子のような笑みを見せ、結城は篠宮の手からストローを奪い取った。 「見てて」  石鹸液をたっぷりと付け、結城が筒の端から注意深く息を吹きこむ。篠宮が作ったのとは較べ物にならないほど大きなシャボン玉が、結城の手を離れてふわふわと宙に浮いた。 「器用だな」 「吹きかたを加減するだけだよ。まあでも、俺って気が短いからさ。小さいのをたくさん飛ばすほうが、(しょう)に合ってるかも」  そう言ったかと思うと、結城は勢いをつけて次々と吹き始めた。直径四センチほどの泡の球が、青い空に向かって吸い込まれるように昇っていく。 「はい。篠宮さんもどうぞ。一本しかないから、交代でやろうよ」 「あ……ああ」  再びストローを受け取り、篠宮は先ほど結城がしていたように、ゆっくりと息を吹き込んだ。 「そうそう、篠宮さん上手! 大きいの出来たね」 「ば、馬鹿……子供じゃないんだぞ」  小さな子供を褒めるような結城の口調に、篠宮は照れながらも胸の奥がじわりと暖かくなるのを感じた。  童心に帰るという言葉があるが、子供の頃の自分はこんな遊びはしていなかった。結城はそんな自分を鼻で嗤うことなく、過剰に気を遣うこともなく、ありのままの姿を認めて一緒に楽しんでくれる。  ストローを貰って何度かシャボン玉を作り、また結城にストローを手渡す。それを数回繰り返すと、すぐに容器は(から)になった。 「無くなっちゃったね」  役目を終えた容器とストローをリュックにしまい込み、結城は川の水で軽く手を洗った。 「ね、篠宮さん。この川をさかのぼって、ちょっと上流まで散歩に行こうよ。帰りも川に沿って戻れば、道に迷うこともないし」  篠宮の手を両手で握り、結城が甘えるように頰を寄せる。犬の散歩に付き合わされる飼い主の気分になってきて、篠宮は呆れながらも自分の口許に笑みが浮かぶのを感じた。 「荷物はどうするんだ。シャンパンも」 「ここに置いとけばいいじゃん。どうせ無くなりゃしないんだから。キツネが咥えて持っていくくらいはあるかもしれないけど、別に金目の物も入ってないし」  満面の笑みを見せ、結城が篠宮の手をつかんだまま歩きだす。大好きなご主人様と、楽しい散歩に出かけるのが待ちきれない様子だ。 まったく……」  困ったことに自分も、こうして結城に引っ張り回されることに嬉しさを感じてしまっている。何よりも自分の心に呆れつつ、篠宮は引きずられるまま、緑の草の上へ足を踏み出した。

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