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格別の贅沢
「へえー、アンジーの言ったとおりだ。けっこう冷えてるよ」
結城が酒瓶を片手に戻ってきた。
篠宮のすぐ隣にあぐらをかいて座り、瓶の口に絡みついた針金を慣れた手つきで取り外す。ハンカチで押さえながら手首をひねると、小気味好い音を立てて栓が開いた。
手を伸ばし、結城は荷物の中からグラスを取り出した。プラスチックで出来た、ピクニック用のシャンパングラスだ。
「良いでしょ? このグラス。前に親父たちと来た時に使ったんだ。せっかく美味しいお酒を飲むのに、紙コップじゃ味気ないもんね」
得意げに微笑み、結城は静かにグラスにシャンパンを注いだ。
細かな泡が立ちのぼり、淡く色づいた液体の中で次々と弾けていく。わざわざグラスを持ってきてくれた結城の心遣いに、篠宮は胸の中で深く感謝した。たしかにいくら屋外とはいえ、シャンパンを飲むのに紙コップでは味気ない。
「乾杯!」
嬉しそうな掛け声と共に、昼食の時間が始まった。グラスを置く場所を整えたり荷物からおしぼりを出したりと、結城が新妻のように甲斐甲斐しく世話を焼き始める。
「ローストビーフサンドは何度か作ったことあるけど、今日のは本当に会心の出来なんだよね。はい、篠宮さん。あーんして」
分厚いサンドイッチをつかんだかと思うと、結城は当然のようにそれを篠宮の口許に差し出した。
「ば……馬鹿。そんな恥ずかしいことをしてもらわなくても、自分で食べられる」
羞恥のあまり篠宮が顔をそむけると、結城はたちまち頰を膨らませた。
「もうっ。そうじゃないでしょ。ここは素直にあーんしてください。俺たち、新婚旅行に来てるんだよ? 今しなくていつするのさ。ほら、あーん」
不満そうに口を尖らせ、結城がさらにサンドイッチを近づけてくる。
仕方ないと嘆息しつつ、篠宮は控えめに口を開けた。たしかに辺りに人は居ない。先ほど結城と連れ立ってかなり上流まで散歩に行ってみたが、家や畑らしきものすら見えず、人の気配はまったく無かった。ここでいくら恥ずかしい真似をしたところで、自分の恋人ひとりに見られるだけだ。
「美味しい?」
幸せに緩みきった表情を浮かべ、結城が首を傾げて問いかけてくる。篠宮は正直に返事をした。
「……美味しい」
ローストビーフ自体の味もさることながら、練った辛子と粒マスタード、さらに刻んだピクルスがちょうどよいアクセントになっている。緑に囲まれた中で、シャンパンを片手に極上のサンドイッチを食べるのは、普段では絶対に味わえない格別の贅沢だった。
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