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別世界の出来事

「俺にも食べさせてよ」  結城が顔を近づけ、水面の金魚のように口をぱくぱくさせる。箱の中にあるサンドイッチを無造作につかみ、篠宮は結城の鼻先に黙って突きつけた。案の定、結城の表情が再び膨れっ面に変わる。 「もう。もっと新婚らしくしてよ。『奏翔(かなと)、あーんして』って言って」 「いっ……言えるか! そんなこと」 「ええー? いいじゃん。言ってよぉ」  聞くに耐えないような甘ったるい声で囁き、結城が身体をすり寄せる。耳許にキスをされると、全身の力が頼りなく抜けていった。 「へへ、篠宮さんかわいー。食べちゃいたい」  にっこりと笑みを浮かべ、結城は篠宮の持つサンドイッチにかぶりついた。恥ずかしい台詞を強要したいという気持ちはあるものの、真っ赤になった篠宮の顔を見ることでそれなりに満足したらしい。 「うん、やっぱり会心の出来! 商品化したら、絶対に売れるね」  うんうんと頷きながらシャンパンを一口飲み、結城はもういちど篠宮にサンドイッチを差し出した。 「はい正弓、あーんして」  なにかの罰ゲームかと思うような昼食の茶番劇に、篠宮は返す言葉さえ見つからなかった。新婚のように名前を呼び、ぴったりと身を寄せ、お互いにサンドイッチを食べさせあう。なんという非効率的な食べかただろうか。こんなところを他人に見られたら、一生人前に顔を出せない。 「う……」  覚悟を決めて、篠宮はサンドイッチを食べるために口を開けた。  なぜ自分は、こんな男を好きになってしまったのか。そう一歩離れて考えてはみたものの、眼の前の彼を見ただけで瞬時に答えが出てしまう。  整っていながら、親しみやすい愛嬌のある顔立ち。性格も明るくて話し上手、裏表がない。料理上手で気配りもでき、子供のような素直さと純粋さを今でも失わずに持っている。おまけに他の人には眼もくれず、自分だけを一途に愛してくれる。はっきり言って、嫌いになれる要素がただのひとつもない。 「あー、篠宮さんとのハネムーン最高……もうずっとここに居たいよ」  二杯めのシャンパンを注ぎながら、結城が楽しそうに眼を細める。美しく澄みきった青空を見上げてから、篠宮は遥か彼方まで続く緑の野原に眼を向けた。帰国したら仕事が待っているなんて信じられない。別世界の出来事のようだ。 「ハネムーンだかなんだか知らないが……二人きりでこんな場所に来るなんて、無謀じゃないか」  不意にひとつの考えが浮かび、篠宮は静かに呟いた。 「え、でも。リンダたちが、危険な動物はここには居ないって言ってたじゃない。まあ店はちょっと遠いけど、買い置きしておけば済む話だし、最近は宅配も充実してるから。アンジーは医学の心得があるから、風邪とか腹痛くらいだったら面倒みてもらえるし。俺も家族と一緒に何回か来てるけど、不自由したことは一度もないよ」 「そういう事ではなくて……」 「どういうこと?」  結城が首を傾げる。どう説明したものかと、篠宮は言葉を選びながら話し始めた。

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