240 / 396
優しく受け止めて
慌てて身を縮め、篠宮は草むらを凝視した。茂った葉が再び動き、隙間から視線の主が顔を出す。篠宮の口から、安堵と困惑の入り混じった溜め息が洩れた。
「兎か……」
愛らしいつぶらな瞳と視線が合い、篠宮は肩を落として呟いた。茶色い毛をした小さな動物が、長い耳を立ててこちらを見ている。正式な名前は判らないが、見た目からして兎の仲間に間違いないだろう。
「可愛いねー。ふわふわのモフモフだよ。まあ篠宮さんのほうが百倍可愛いけどね」
相変わらず訳の分からないことを言っている。そう思って聞き流しかけた篠宮は、次の言葉を聞いて愕然とした。
「篠宮さんに言うと気が散るかと思って、黙ってたんだけどさ。さっきからずっと見てたよ、あのウサちゃん」
軽い口調で言い放ち、結城が愉快そうに笑う。大きな声に驚いたのか、兎は身をすくめて草の中にもぐると、そのまま姿を消した。
「そ……そうなのか?」
「うん。もう始まってから終わるまで、全部」
「全部……」
「興味津々のかぶりつきだったよ。篠宮さんがあんまり色っぽいから、眼が離せなかったんじゃない?」
楽しげな様子の結城とは逆に、篠宮は胸に暗雲が立ち込めるのを感じた。人間ではないとはいえ、自分がこんな野外で半裸になって腰をくねらせ、射精してほしいとねだっていた姿を見られてしまったのだ。
「やっぱ篠宮さんのフェロモンは、種族を越えて有効なのかなー。やばいやばい、これからは動物にも注意しないと」
機嫌よく呟きながら、結城が再びウェットティッシュを手に取る。身体を清め終わって衣服を整えようとした彼は、篠宮の背を見てぎょっとしたように眉をひそめた。
「篠宮さん、何これ……? シャツの背中、めっちゃ緑色になってるけど」
「背中?」
ズボンのベルトを締め終わった篠宮は、首をひねって背後を確認した。
よく見えない。さらに肩口をつかんで引っ張ると、白いシャツに、泥汚れとも違う擦れたような跡が幾筋もついているのが眼に入った。
「あー。草の汁だなー、これは」
シャツの背中を撫でながら結城が呟く。
草の汁と言われて、篠宮は周りの地面を見下ろした。柔らかな草が天然の芝生のように敷き詰められ、美しく広がっている。結城に押し倒された時も、青々と茂ったこの草が、背中を優しく受け止めてくれた。
いわゆる都会と呼ばれる場所で育った篠宮にとって、シートも敷かず直接草の上に寝転ぶのは初めての経験だった。あまりに快適なのですっかり失念していたが、そのまま背を押しつけ身をくねらせていたら、白いシャツに草の汁が付くのは当然だ。
ともだちにシェアしよう!