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意地悪な意図
「ねえ。すっごい美味しそうな匂いがしてこない?」
「ああ。ビーフシチューの香りだろう」
結城に言われて、篠宮は外の空気を胸いっぱいに吸った。全開にした窓から、煮込んだ野菜とドミグラスソースの香りが漂ってくる。
「やっぱクリームシチューにしなくて良かった……俺も料理は得意なほうだけど、アンジーのは名家のお屋敷仕込みだもんね。リンダにはいつも食べ慣れた味の物を作ってあげたいからって、アンジーが屋敷の料理長に付いて習ったんだって。あれと較べられたんじゃ、勝てる見込みないよ」
結城が彼らしくもなく溜め息をつく。恋人が初めて食べるクリームシチューは、自分が作りたい。そう騒ぎ立てていた理由のひとつには、彼女のほうが料理の腕が上だからということがあったのだろう。
「君でも劣等感を感じることがあるのか」
「そりゃあるよ。俺はいつでも、篠宮さんにとっていちばん魅力的な男でいたいんだもん。俺よりも美味しい料理作る人がいたら、篠宮さんがそっちに靡 いちゃうかもしれないでしょ? 俺、知ってるんだからね。篠宮さんが俺の恋人になるって言ってくれたのは、最初に作ってあげた生姜焼きが美味しかったからだって」
「それじゃあまるで私が、食べ物で釣られる単純な男みたいじゃないか」
ハンドルを握る結城の顔を、篠宮は横目で眺めた。
自分でも説明のつかない感情に戸惑いながら、誘われるまま初めて彼の部屋を訪れた時のことを思い出す。
あの部屋でなんど身体を重ねただろうか。出逢ってからまだ一年も経っていないのに、今となっては遠い昔から、彼とはずっと変わらず恋人同士だったような気がする。
「へえー。俺の料理が口に合ったからじゃないんだ? てっきりそうなのかと思ってたけど。じゃあどうして篠宮さんは、俺と恋人になるって承諾してくれたの?」
「それは……」
こんなにも自分を好きだと言い続ける君に、興味を感じたからだ。そう真面目に答えかけた篠宮は、茶化すような結城の笑みを見て、彼の意地悪な意図にようやく気がついた。
「俺の身体がそんなに気に入った? たしかに俺と篠宮さんって、初めてでも判るくらいに相性ぴったりだったもんね」
「ばっ、馬鹿……」
声を震わせ、篠宮は顔をそむけた。
「恥ずかしがることないでしょ。俺だって篠宮さんの身体、大好きだもん。運命の恋人なんだから、身体も心も相性がいいのは当たり前だよね。ほら、着いたよ」
眼を細めて笑い、結城が埒もないことを口にする。管理人宅の前まで来ると、彼は庭先に車を停め、篠宮に降りるよう促した。
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