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親近感
『いらっしゃい!』
溌剌とした声と共に、ひとりの女性が玄関先に出て篠宮たちを出迎える。その姿を見て、篠宮は眼を疑った。声からしてリンダなのは間違いないが、服装が昨日とはまるで違う。
『すごいリンダ! めちゃめちゃ美人になってるじゃん!』
隣にいる結城が感嘆の声をあげた。
昨日の、着古したシャツにジーンズ姿だったリンダの面影は跡形もない。胸許と袖口にレースのついたドレスは深い青で、丁寧に仕立てられた物であることが一目で判る。綺麗に編み上げた金髪を後ろでまとめ、銀の髪留めをつけた彼女の姿は、たしかに名家の貴婦人に見えた。
『お客様も来てるんだし、たまにはまともな格好しなさいってアンジーに怒られたのよ。そんなことより。やっぱりシチューといえば、赤ワインたっぷりのビーフシチューに限るわよね。お二人のおかげで私の希望が叶ったわ。ありがと』
そう言ってウインクをするリンダは、服装こそ整えているものの、やはり茶目っ気のある第一印象のままの彼女だった。きっと子供の頃からお転婆だったのだろう。真面目で几帳面そうなアンジーとは対照的だ。
『もうっ。ほんと、食べるだけの人は気楽よね』
部屋の奥から、呆れたようなアンジーの声が聞こえる。程なく、裾の長い黒のワンピースを着た彼女が姿を現した。飾りのない簡素な服の上には、控えめなフリルで縁取られた白いエプロンを着けている。古い洋画などで見かける、クラシカルなメイド服だ。
「……アンジーがお屋敷に住んでた時の服。あれがいちばん働きやすいんだって」
隣にいた結城が小声で囁く。篠宮は改めて彼女たちの姿を見返した。青いドレスをまとったリンダに、メイド服をきっちりと着込んだアンジー。急に十九世紀に迷いこんだような気分になるが、仕事も日常もすべて忘れ現実離れしたこの状況では、さして違和感もない。
『ビーフシチューは仕込みに時間がかかるのよ。作るほうの身にもなってほしいもんだわ』
アンジーが眉をしかめて言い放つ。どうやらこの家では、お嬢様よりも使用人の立場のほうが上らしい。
『えー。だって貴女 の作るビーフシチュー、すごく美味しいんだもの。クリームシチューも悪くはないけど、やっぱりビーフシチューが一番よ。いつもありがと、アンジー』
リンダが小首を傾げ、愛嬌のある顔でにっこりと微笑む。腕組みをしたまま、アンジーは深々と溜め息をついた。
『しょうがないわね……』
その口許に、うっすらと笑みが浮かぶ。なんのかのと言いつつも、想い人の我がままは許してしまうらしい。どこかで聞いたような話だと思って、篠宮は心の底で彼女に親近感を覚えた。
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