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緩やかな眠りの波

「お待たせー」  パジャマ代わりのルームウェアを着た結城が、にこにこと笑顔を見せながらベッドに近づいてきた。 「別に待ってないぞ」 「またまたー。疲れてるだろうから先に寝てていいよって言ったのに、起きてるってことは、俺のこと待っててくれたんでしょ?」  機嫌よく話しかけ、結城が素早く篠宮の隣に滑りこむ。彼のつけた香水が淡く漂い、その香りに、篠宮はほっとするような落ち着かないような不思議な気持ちになった。 「昼間あんだけ歩いたんだから、夜はよく眠れるでしょ」  腕を伸ばし、結城は枕元の電気を消した。たちまち辺りが暗くなり、光といえば窓から射し込む星明かりだけになる。 「今夜はゆっくり(やす)んで、また明日いっぱい遊ぼ? 今日は俺も、横からちょっかい出して篠宮さんが寝るのを邪魔したりしないからさ。篠宮さんのエッチで可愛い姿は、昼間のうちにたっぷり堪能したし。あのウサちゃんにまで見せちゃったのは、ちょっともったいなかったけどね」 「その話はやめてくれ……忘れたい」  消え入りそうな声で呟き、篠宮は顔をそむけた。草むらの中で情事の一部始終を目撃していた、つぶらな丸い瞳のことを思い出して頰が熱くなる。 「そんなに恥ずかしがっちゃって……可愛い。ほら篠宮さん、もっとこっちに来てよ。よく眠れるように、腕枕してあげる」  横になったまま身体を引き寄せ、結城は篠宮の頭を自らの腕にのせた。 「腕が痺れるだろう」 「大丈夫だよ。篠宮さんが寝るまでの間だけ。ね?」  優しく返事をして、結城は空いているほうの手で篠宮の胸をゆっくりと撫でた。  元々あまり寝付きの良くなかった篠宮に、安心して眠りに落ちていく心地好さを教えたのは結城だった。激しい情事の後。恋人同士の他愛ない語らいの後。あるいはついばむような小さなキスの後で。ひとつのベッドで彼の体温と香水の匂いを感じながら、緩やかな眠りの波に身を任せる。普段であればあっという間に寝てしまうのだが、今日はなかなか眠気が襲ってこなかった。 「まだ眠くならないんだね……めずらしい。いつもなら、腕枕で撫で撫でしてあげたら一発なのに」  首を上げて篠宮の顔を覗きこみ、結城が不思議そうに呟く。篠宮は思わず苦笑した。添い寝で胸を撫でるなど、まるで子供の寝かしつけだ。しかも身長百八十以上もある大の男が、その寝かしつけをこの上なく心地好いと思っているのだから困ってしまう。 「身体は疲れていると思うが……普段と違う生活のせいか、どうも寝付けないんだ」  溜め息をつき、篠宮は静かに胸の内を述べた。ここは気候も食べ物も周りの景色も、日本とはかけ離れている。こんな現実離れした場所で過ごした後で、うまく日常に戻れるのかと思うと、少し心配だった。

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