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私を想ってください

「はい、出来上がり!」  編み終わりの茎を最初の部分に押し込んで、結城は満足そうに歓声を上げた。  白い花を紡いだ可憐な冠を、篠宮は見るともなく見つめた。そういえば古い洋画で、少女が無邪気に花の冠を作って遊ぶシーンを見たことがあるように思う。花の冠など実際に眼にしたことは一度もないのに、妙に懐かしい気がするのはそのせいだろうかと思った。 「ね、篠宮さん。クローバーの冠の意味って知ってる?」  これほど遠慮なく摘んだにもかかわらず、足許の花はまるで減ったように見えない。豊かに咲き誇る花の中に腰を据えたまま、結城は口の端に笑みを浮かべて問いかけた。 「いや……知らないな」  篠宮は正直に答えた。  結城がわざわざ言うくらいだから、白詰草の冠にはプロポーズか何かの意味があるのだろう。そんな、推理ともいえない単純な発想がふと頭をかすめる。 「ふたつ意味があるんだよ。ひとつは『私を想ってください』って意味」  その言葉を聞いて、当たらずといえども遠からずかと篠宮は考えた。私を想ってください。プロポーズとは少し意味合いが違うが、求愛の言葉であることは間違いない。 「もうひとつはね……」  結城が、急に緊張したような面持ちで頰を引き締める。もうひとつの意味とはなんなのかと、篠宮は固唾(かたず)を飲んで次の言葉を待った。 「もうひとつはね。『復讐』って意味なんだって。私をずっと想い続けてほしい、裏切りは絶対に許しませんって意味なんだよ。ねえ、どう思う? この花言葉。めちゃめちゃ重くない?」  結城に言われ、篠宮は改めて彼の持つ花の輪を見つめた。白い飾り玉を繋げたような冠は、見るからに少女の遊びに相応しい可愛らしさで、とてもそんな恐ろしいメッセージを含んでいるとは思えない。 「……篠宮さん。受け取ってくれる?」  結城がそっと冠を差し出した。私だけをずっと愛し続けてほしい。裏切りは許さない。この冠にはそんな身勝手な、だからこそ強く純粋な想いが込められている。  ……覚悟を求められている。篠宮はそう感じた。  結城と出逢ってから今までの記憶が、溢れるように胸に甦った。出張先のホテルで起こったあの出来事。初めて結城の部屋に行き、ベッドの上で緊張に震えながら彼を待っていた時のこと。初めて自分から愛を告げたあの朝のこと。桜の花びらが舞う中、父の墓参りをした時のこと。二人で浴衣を着て、夏祭りに行った夜のこと。  結城の持つ花冠を、篠宮はもういちど見つめ直した。この冠を受け取るということは、同時に、約束を交わすということを意味するのだ。一生彼だけを愛し続ける。もしも裏切ったら、どんな恐ろしい報復でも甘んじて受けると。

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