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約束のキス

「私が……」  迷いなく唇を開き、篠宮は言葉を紡ぎ出した。ためらうことなど一つもない。自分が彼以上に愛せる人など、世界中のどこを探しても存在しない。花冠に込められた意味を、重いとは感じなかった。 「……私が裏切るなんて、有り得ない」  冠を受け取るため、篠宮は右手を差し出した。結城はすぐには渡そうとせず、優しく微笑みながら両手で花冠を持ち直した。 「ありがとう、篠宮さん……俺、必ず篠宮さんを幸せにするよ」  気を落ち着けるように息を吸い、結城は篠宮の頭にそっと花冠を載せた。 「可愛い。似合うよ」  眼を細めて笑ったかと思うと、結城は手持ち無沙汰なまま彷徨(さまよ)っていた篠宮の右手を取り、静かに手の甲にキスをした。 「馬鹿……巻き毛の美少年ならともかく、私みたいな男に似合うわけがないだろう」  可愛いと言われ、篠宮は困惑して眼を伏せた。結城は何かにつけて可愛い可愛いと連呼するが、自分のような男にそのような表現が相応しいはずはない。可愛いというなら、結城のほうがよっぽど愛嬌があって、周りの誰からも愛されている。 「そんなことないよ。世界一綺麗だ。俺の作った冠が似合うのは、この世で篠宮さんだけだよ」  草の上に腰を下ろす篠宮と向かい合ったまま、結城は膝立ちになって優しく背中に腕を回した。 「篠宮さん……愛してる」  結城の力強い腕が肩をかき(いだ)き、大きな手が静かに髪を撫でる。恋人の熱い抱擁に身を任せかけた篠宮は、次の瞬間、額に温かい雫が触れるのを感じた。 「泣いてるのか」 「うん……だって」  涙に湿った声で、結城は小さく返事をした。 「なんでこんなに幸せなんだろうと思って」  どうしてこんなに幸せなのか。結城のその言葉を、篠宮は胸の奥で噛み締めた。  この世でいちばん好きな人が、同じ想いを返してくれる。二人で居られるこの瞬間が、何よりの幸せだと言ってくれる。どんな事があっても愛し続けると、およそ思いつく限りの、すべての物にかけて誓ってくれる。これ以上の幸福が他にあるだろうか。  僅かに身じろぎし、篠宮は恋人の顔を見上げた。陽光が柔らかく降り注ぎ、彼の髪を金色に輝かせている。 「……結城」  短く、篠宮は彼の名を呟いた。それ以上の言葉は要らなかった。 「うん」  小さくうなずき、結城は両手で篠宮の頰を包んで身を(かが)めた。  青く澄んだ空に胸の中まで洗われるような思いを感じながら、篠宮はそっと(まぶた)を閉じた。  約束のキスは、甘い花の蜜と太陽の香りがした。

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