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プライドと羞恥心
その日の夜は例によって管理人宅で、焼きたてのパンにローストチキン、ポテトチャウダーにオレンジのタルトという豪華な夕食をご馳走になった。
コテージに帰って風呂を済ませ、パジャマを着て床に入る。結城が台所で何やらがちゃがちゃと音を立てているのを聞きつけ、篠宮は片肘をついて上半身を起こした。
「まだ寝ないのか」
「あー、最後にシンクの掃除しとこうと思ってさ。明日の朝でもいいけど、帰る当日って何かとバタバタするでしょ。後は乾 拭きするだけだから、それが終わったら寝るよ」
結城が軽い口調で返事をする。篠宮は再びベッドに横になった。試しに眼を瞑 ってみるが、眠気は一向に訪れてこない。
そのうちに、結城がそっと隣に滑りこむ気配がした。
背を向けたまま、篠宮は結城の次の行動を待った。同時に、自分のほうの用意が整っているか、もういちど頭の中で確認する。髪も身体もくまなく洗ったし、肌はどこを触られても大丈夫なように、男性用の化粧水で丁寧に整えてある。準備は万端なはずだ。
かちりと音がして、結城が枕元のスタンドを消したのが分かる。篠宮は軽く身構えたが、予想に反して、結城は身体に触れてこようとはしなかった。
「ん……」
二十秒も経たないうちに待ちきれなくなり、篠宮はわざと寝苦しそうな声を出して結城のほうに向き直った。
「あれ。起きてたの?」
結城が驚きの声を上げる。先に眠ったと思われていたようだ。
「ああ」
「俺がガシャガシャ音立てるから、気になって眠れなかったかな。ごめんね」
頭を撫でて謝りつつ、結城が篠宮の頰にキスをする。宥 めるように優しく篠宮の胸を叩くと、結城は仰向けになって肩まで布団を引っ張り上げた。それ以上のことをするつもりは無いらしい。
物足りない思いで、篠宮は肩をもぞもぞと動かした。昼間あれだけ盛り上がったのだから、夜は当然そっちの流れになるだろう。そう思って念入りに身体を清めてきたのに、拍子抜けだ。
二人で旅行先に泊まるのも、今夜が最後だからだろうか。過ぎていく一秒一秒が惜しく、身体が火照って仕方ない。甘く疼く身を持て余して、篠宮は自らの肩を抱き締めた。
抱いてほしい。そうはっきり口にできればいいのだろうが、プライドと羞恥心が邪魔をして、素直に求めることができない。
いっそのことパジャマなど着ず、裸で待っていれば良かったのか。半ば自暴自棄になりながら篠宮は考えた。思えば今まで、自分のほうから誘ったことなど皆無と言っていい。いつも結城が強引に求めるか、すでに暗黙の了解でそうすることになっているか、どちらかだ。
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