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約束の地

「結城。私も……君が好きだ。愛している」  愛の言葉は、思ったよりもたやすく唇からこぼれ落ちた。  息を止めて、篠宮は結城の返事を待った。いきなりこんなことを言いだすなんて、驚かれるかもしれない。からかわれるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。そんな思いが胸の中で渦巻く。 「……解ってるよ」  結城が静かに答えを返した。  彼はすべてを理解している。そのことを感じ、篠宮は安らいだ気持ちで眼を閉じた。彼は何もかも解ってくれているのだ。意地っ張りで、世間体を気にして、素直に愛情を示せない不器用な自分のことを。 「おやすみ」  結城の手が優しく髪を撫でる。夢見心地に眼を閉じた篠宮の脳裏に、昼間見たクローバーの花畑が甦った。  またいつか、結城と二人であの野原に行ってみたい。そう考えた篠宮の胸の内に、一抹の不安がよぎった。ダム建設だのリゾート開発だの、人間たちは様々な理由をつけて森林を伐採し、美しい自然を破壊しようとする。何年後か何十年後か分からないが、自分たちが次に行く時まであの花畑が残っているとは限らない。 「……またいつか行きたいね、あのクローバー畑」  結城が静かに囁く。その声を聞いた瞬間、篠宮は雲が吹き飛ぶように不安が拭い去られ、胸に確信が満ちるのを感じた。  暖かく降り注ぐ陽射し、柔らかな緑の葉、愛らしい飾り玉のような白い花。たとえ世界がどんなに荒れ果てても、彼と誓いを交わした約束の地は、永遠に変わらずあの場所にあるに違いなかった。 『いろいろとお世話になり、本当にありがとうございました。またお会いできる日が来ることを祈っています』  翌日の朝。荷物をまとめ、いよいよ帰る段になった篠宮たちは、最後に管理人宅に立ち寄って挨拶を述べた。 『そうね。名残惜しいけれど、またカナトと二人で来てくれたら嬉しいわ。お二人さえ良ければ……その時には、これをお貸ししようと思っているの』  アンジーが傍らのテーブルから、両手のひらに載るくらいの小さな木箱を取り上げた。 『これなんだけど……どうかしら?』  金の指輪をはめた手が、厳かに箱の蓋を開く。僅かに身をかがめて、篠宮は箱を覗きこんだ。中にはレースの縁飾りとリボンがふんだんにあしらわれた、白いクッションのような物が入っている。 『素敵でしょ? 私たちが結婚する時に使った、指輪をのせるためのリングピローなの』  リンダがそう言ってにっこりと笑う。すぐに意味を理解して、篠宮は彼女たちに言葉を返した。

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