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やっぱりチャペル

『サムシング・ボロウ……欧米の結婚式の習慣でしょうか。式を挙げる際に何かひとつ、借りた物を使うと幸せになれるという……』 『そうよ。よくご存知ね』  くちびるの端を上げ、アンジーが利発そうな笑みを見せる。その後を継ぎ、リンダが得意げに胸を張った。 『なんたって、この私たちが使ったリングピローなんだもの。ご利益ありそうでしょ? きっと幸せになれるわ』 『幸せに……』  篠宮は小声で彼女の言葉を繰り返した。脳裏に、海外のドラマなどでよくある、新郎新婦がライスシャワーを浴びながら階段を降りてくる場面が思い浮かぶ。自分が花嫁の位置に立っていることを想像して、篠宮は赤面した。 『あら、赤くなっちゃって。カワイイ! これじゃあ確かに、カナトがべた惚れに惚れるのも無理ないわね』 『もう、リンダったら。殿方をからかうものじゃないわ』  アンジーがすかさずたしなめる。庭先から結城の声がしたのはその時だった。 「篠宮さーん、車の準備できたよ! ガソリンは満タン、エンジンも快調!」  陽気な声音に誘われ、篠宮は玄関を開けて表を見た。結城が外階段の下に立って手を差し伸べ、早く降りてくるよう眼で促している。 『リンダ、アンジー。美味しいごはん用意してくれてありがとう。じゃあね! また来るよ』 『ええ。またね、カナト。ミスター・シノミヤとお幸せにね』 『もちろん!』  笑顔で答えながら、結城は篠宮の手を取って車のほうへ導いた。 「ほら篠宮さん、早く乗って! 旅の思い出に、お土産いっぱい買って帰ろうよ!」  助手席の扉を開け、結城が待ちかねたように篠宮の身体を中へ押し込む。どうやら彼の頭の中には、楽しい計画がまだまだいっぱいに詰まっているらしい。この調子では本当に家に帰り着くまで、一息つく間もなさそうだ。 「篠宮さん。ここまで俺に付き合ってくれてありがとう……最高の誕生日プレゼントだったよ」  車が走り出し、建物が樹々に隠れて見えなくなると、結城は感慨深げにそう呟いた。 「私は何もしていないぞ。飛行機も宿も、君がすべて手配してくれたし……私は自分のぶんの金を出しただけだ」  申し訳ない思いで、篠宮は微かにうつむいた。考えてみれば、食事もなにもかも彼に任せきりで、自分が役に立ったことなどただのひとつもない。 「いいんだよそんなの。篠宮さんと二人きりで過ごす時間が、俺にとっては最高のプレゼントなんだから。それに……えへへ。やっとのことで篠宮さんが、俺と結婚してもいいって言ってくれたし。えへへー。どんな結婚式にしようか? やっぱりチャペル? 和装もいいよねー。篠宮さん、白無垢似合いそう」  楽しそうに話し始める結城を見て、篠宮はまたかという思いで眉をひそめた。恋人との二人旅に浮かれすぎた結果、例によって何か勘違いをしているらしい。 「いいなんて一言も言ってないぞ」 「ええー? だって、クローバーの冠受け取ってくれたじゃん! あれって結婚もオッケーって事じゃないの?」 「それとこれとは話が別だ」 「そんなぁ……帰ったらすぐ式場決めて、招待状も印刷しようと思ってたのに……」 「冗談じゃない」 「ショック……また振られた。もう何回目?」  本当に残念そうに口をとがらせる結城を見て、篠宮は不覚にも声を上げて笑ってしまった。

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