265 / 396

【ただひとつ奇蹟のようなこの出逢いを】

 篠宮の好物はパスタである。  子供の頃の躾が厳しかったせいか、これといって苦手な食べ物は無い。だがそんな篠宮にも、やはりそれなりに好きな食べ物というのは存在した。  パスタ類はどれも好きだが、中でもポルチーニの入ったスパゲッティには目がない。きのこの風味を生かした濃厚なクリームソースに、具材は鮭か海老、ブロッコリー辺りが入っていれば最高だ。  つい先日、そんな篠宮にとってまさに理想のパスタがコンビニから発売された。イタリア料理の名店が監修したというそのスパゲッティは、若い女性に大人気で、どの店舗でも売り切れが続出しているという。  今朝立ち寄ったコンビニでそのパスタをたまたま見かけ、篠宮は密かに胸を踊らせながら購入してきた。  今までの営業の経験から学んだことだが、この手の商品を買い支える女性たちはなかなかにシビアだ。良い物であればすぐに自慢げに見せびらかし、気に入らなければ容赦なく酷評する。そこに義理や慈悲の心は存在しない。つまり、こういった女性たちから支持される物は、なかなかの難関をくぐり抜けてきた逸品だということになる。  出社する途中、噂の品をコンビニで見つけて、浮き浮きしながら買ってきた……もちろんこの事は結城には言わずにいた。どうせまた可愛いだのなんだのと言って、馬鹿にするのが目に見えていたからだ。 「はあ……」  ひとくち食べて肩を落とし、篠宮はフォークを持ったまま大きな溜め息をついた。 「あれ、篠宮さん。どうしたの? パスタ美味しくなかった?」  隣に座っていた結城が、心配そうに顔を覗きこんできた。休憩所の窓から射し込む光が、彼の額を明るく照らしている。普通なら気持ちが晴れ晴れとするような良い天気だ。 「これ、今ネットで評判のやつだよね。俺もいちど食べたけど、さすが有名店が関わってるだけあって美味しかったと思うよ。昔と違って、今はコラボとなると、店のほうもプライドをかけて真面目に監修してるからね」 「……不味くはない。美味しい」  眉をしかめ、篠宮は再びフォークを口許に運んだ。苦虫を噛み潰したようなその声を聞き、結城がさらに気遣わしげに篠宮の顔を覗きこむ。 「どう見ても美味しいって顔じゃないよ。それとも、なんか他に心配ごとでもあるの? この世の終わりみたいな暗い顔しちゃって……せっかくの美人が台無しだよ」  他に心配ごとがある。あっさりとそう見抜かれてしまい、篠宮は仕方なく顔を上げた。美人云々の話に対してはとりあえず無視を決め込み、重い口を開いて話し始める。

ともだちにシェアしよう!