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我ながら単純
「まだ少し時間があるが、早めに行って席についておこう。こうなったら仕方ない。何を言われても大丈夫なように、覚悟だけはしておく」
「そうそう、それが良いよ。ところで篠宮さんって、ポルチーニのクリームパスタ好きなんだね。朝っぱらから浮き浮きした顔でコンビニの袋持ってたから、中に好物が入ってるんだろうなって、すぐ分かっちゃった。えへへー。朝一で篠宮さんに逢えて、あんなに可愛い顔が見られるんだったら、俺も普段からもうちょっと早起きしようかな」
「なっ……」
心の内を見抜かれていたと知り、篠宮は歯噛みした。嬉しさが顔に出ないよう必死に表情を取り繕っていたのに、あっさり見破られていたなんて、どことなく負けたような気がする。
「そんな事のために早起きしなくていい。私の迷惑にならないように、君は始業時間ぎりぎりに来い」
「もー、意地っ張りなんだから……まあいいや、それよりもさ。篠宮さんがそんなに好きなら、今週末は、ポルチーニの入ったパスタ食べに行こ? それともうちで作ってみる? 生のポルチーニは手に入りにくいけど、今は旬の時期だし、扱ってる所はあると思うんだよねー。篠宮さんに美味しいの食べてもらえるように、俺、練習するよ」
「う……」
美味しいパスタと聞いて、篠宮の心が一気に動いた。いま食べた物もそれなりに美味しかったはずなのだが、胸に気がかりなことがあったせいか、どんな味だったかまったく記憶にない。
「本当に作ってくれるのか……?」
「もちろん! 名店のシェフも真っ青な、とびきり美味しいやつ作ってあげる。だから元気出して。さ! 行こうよ」
「……ああ」
結城に肩を叩かれ、篠宮は立ち上がった。美味しい物のことを考えて気が晴れるなんて、我ながら単純だ。
だが、たまには深く考えず、流れに身を任せてみるのも悪くない。彼が自分を想ってくれる限り、怖いものなど何もない。隣にいる恋人の変わらぬ愛情を感じ、篠宮は勇気が胸に満ちる思いで、彼と並んで歩き始めた。
応接室に行くと、多田部長はすでに席についていた。
面談の相手は、部長一人ではなかった。隣には亜麻色の髪に緑の瞳の、外見だけは白馬の王子様のような人物が座っている。経営戦略部部長補佐であるエリック・ウォルター・ガードナーだ。
彼の顔を見て、篠宮はよりいっそう警戒を強めた。エリックは、自分と結城が恋仲であることを知る、数少ない人物だ。もちろんそのことを暴露したところで、彼にはなんのメリットもない。だが、人の心は常識だけでは推し量れないのだ。常に注意を払っておくに越したことはない。
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