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イメージ作り

「申し訳ありません、遅くなりまして」  篠宮が頭を下げると、部長は腰掛けたまま振り返って柔和な笑みを見せた。 「いやいや、遅くないよ。昼飯が終わったところで、ちょうどガードナー部長補佐と会ってね。ちょっと早いがいいだろうと、先にここへ来て待っていたんだ。まあ座ってくれ。急がせて悪かったね」  手招きと共に、部長は篠宮たちに腰掛けるよう促した。  叱責を受けるような雰囲気ではないが、まだ油断はできない。勧められるまま上座に座り、篠宮は緊張した面持ちで口を開いた。 「それで……お話というのは」 「まあそんなに固くならないで聞いてくれ。君たちにお願いしたいことがあるんだ。ガードナー部長補佐から、是非とも君たちに頼みたいとお話があってね」 「お願い……ですか」  篠宮はひとまず安堵した。どうやら、結城との関係を問い詰められるわけではないらしい。単なる仕事の話のようだ。 「君たちも知っている通り、我が社の母体である冴島ホールディングスには、数多くの会社が傘下に入っている。うちの社長が取締役を兼任されている事業は何か、分かるかい」 「ええっと、化粧品と冷凍食品……それに、保育事業ですよね」  篠宮よりも先に、結城が身を乗り出して答えた。 「よく知ってるね、結城くん」  部長が白々しい笑みを浮かべる。なかなかの演技力だと篠宮は思った。ごく普通の平社員を装ってはいるが、結城が実は社長の息子だということをこの部長は知っている。自分の父親がどんな仕事に携わっているか、結城が即答できるのは当然のことだ。 「その保育事業に関連することで、君たちにお願いがあってね」  保育事業。思いもかけぬその単語を聞き、篠宮は内心で首を傾げた。  篠宮たちの会社の代表である冴島信幸社長は、今から数年前、保育サービスを生業とする会社を買収して引き継いだ。営利目的ではない。時代を先取りする企業として、福祉にも力を入れ、子供たちの未来を支えている。そう世間にアピールするための社長の戦略だ。  保育サービスを展開している株式会社の中には、国や自治体から金を吸い上げ、保育士たちを安い賃金で働かせて私腹を肥やしている所が多いという。だがもちろん、冴島社長はそんな目先の利益にとらわれてはいなかった。国からの補助金はきちんと職員に還元し、設備を揃えて働きやすい環境を整えている。  そのためか社員の定着率は非常に良好で、子供を預ける保護者たちからの評判も良かった。儲けらしい儲けはほとんどないが、会社全体のイメージ作りには一役かっている。下手に広告を出したりするよりよっぽど効果的だ。

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