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貧乏くじ
「人手が必要ということであれば、もちろん協力いたしますが……そのキャンペーンとは、具体的にどういった企画なのでしょうか」
「系列の保育園に通っている子供たちに、その麦茶を試供品として一本ずつプレゼントする。全園が対象になるが、その中のひとつである『さざんか園』には、君たちが足を運んで直接配布してきてもらいたい」
「配布……私と結城で、ですか」
「そうだ。記者には、その様子を取材して記事にしてもらおうと思っている。笑顔の子供たちに、新発売の麦茶を一本一本丁寧に手渡す、飲料メーカーである我が社の社員……君たち二人であれば、絵的に申し分ない」
エリックが自信たっぷりにうなずく。ここへ来て、篠宮にもようやく話の全貌が見えてきた。
「マサユミ。君は頭がいいから分かるはずだ。ありきたりな話題を避け、注目を集める記事にするには、これしかない。上手くすれば、普段ビジネス雑誌など読まない層からも興味を持ってもらえるだろう。魅力的な記事にするために、君たちにはぜひとも協力してもらいたい。我が社が社会に貢献してるっていうところを宣伝したいんだ」
雑誌の取材が絡んでくると聞いて、篠宮は疲れがどっと込み上げてくるのを感じた。試供品を配布するだけなら何千本であろうと配ってくるが、その様子を写真に撮って記事にされるなんて面倒くさすぎる。
「ですが……どうして私たちなんでしょうか。子供向け飲料でしたら、三課の担当ではありませんか」
表情を押し隠し、篠宮は抑えた声で言い放った。その答えを予測していたかのように、エリックが静かに口の端を上げる。
「実は三課の人間には、もう聞いてあるんだ。みんながみんな全員一致で、ぜひ君たちにお願いしたいと言っている」
押し付けられた、と篠宮は思った。試供品を配るだけなら、別に営業である必要はない。販売促進部でもマーケティング部でも、場合によっては工場の職員だっていいはずだ。
だがここに話が回ってきた以上、自分たちに逃れる道はない。面倒なのは誰も同じである。おそらくどこの部署に聞いても答えは一緒だろう。要するに、貧乏くじだ。
「全体の部数からみれば僅かなものだろうが、該当の号については、おそらく雑誌の売り上げも伸びるのではないかと予測している。自分の子供が載っている雑誌を購入したいと思うのは、親であれば当然だろう。場合によっては、紙と電子書籍の両方を買うかもしれない。祖父や祖母が購入することも期待できるだろう。大勢の人間……特に女性の眼に触れることを考えれば、君たちのように見目好い男性が写っていたほうが、会社の印象アップにつながる」
エリックが、深いエメラルド色の瞳をきらめかせて微笑む。だったら自分が写れば良いじゃないかと、篠宮は心の奥で密かに悪態をついた。
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