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すっかり恒例

「なに、取材といっても大したことじゃないよ」  篠宮が難色を示していると見てとったのか、部長が傍らから口添えした。 「取材は来週の木曜日ということになっているが、記事の内容については、その前に記者と経営戦略部のほうで打ち合わせをして決めるんだ。つまり、当日はほぼ写真を撮るだけということになる。その日の通常業務については、私のほうで対応させてもらうから心配しなくていい。どうだね、篠宮くんに結城くん。ぜひとも引き受けてくれないか」  懐柔するように声をかけられ、篠宮はいよいよ逃げられないと覚悟を決めた。  来週の木曜日には今のところ、特に決まった仕事は入っていない。それに部長はこう見えても、営業の腕は確かだ。任せておいて間違いはない。場合によっては、いつも以上の注文を取ってきてくれることだろう。 「……分かりました。お引き受けいたします。結城くん、こういうのは君のほうが得意だろう。よろしく頼む」 「えっ、あ、はい」  隣で呆然としていた結城が、篠宮の声を聞いて急に居住まいを正した。 「そうかそうか。ちょっとばかり面倒をかけるが、快く引き受けてもらって感謝するよ。時間と場所については後でメールを送るから、確認しておいてくれ」 「解りました。社のイメージに傷をつけないよう、精いっぱい努めたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします」  表面上は素直にうなずき、篠宮たちは立ち上がって応接室を後にした。  応接室を出て黙々とエレベーターの前まで歩き、周りに人がいないことを確認する。誰にも聞かれていないと分かると、篠宮は開口一番にこう呟いた。 「面倒くさい……」 「え。篠宮さんがそんなこと言うなんて珍しいですね。仕事なんですよ、仕事?」  隣にいた結城が、驚いた顔で篠宮を見つめる。たしかに、仕事なんだからきちんとやれだの我慢しろだの、そんな風にいつも説教しているのは自分のほうだ。こんなにあからさまに愚痴を言うなんて、結城が驚愕するのも無理はない。 「面倒に決まってるじゃないか。自分の売り上げにもならないのに、わざわざ出かけていって写真を撮られるなんて……こっちだって暇じゃないんだ」 「まあ篠宮さんが面倒くさいと思う気持ちは、分からなくもないけどさ。そんなに嫌なら断れば良かったのに」  結城が実に気軽な口調で言う。篠宮は眉をしかめて言い返した。 「君は部長の営業テクニックを知らないからそう言うんだ。今日のところは断わったとしても、最後まで断りきれるかは分からない。来週の木曜日までは、あと十日もあるんだぞ。じゃあこんど一緒に食事でもとか、飲みに行こうとか言いながら外堀を埋められて、結局首を縦に振らされるに決まっている。だったら最初から引き受けたほうがましだ」 「へえ……見た目は普通のオジサンだけど、さすがこの営業部のトップに立ってるだけあって、部長って凄腕の営業マンなんですね。俺も見習おう……諦めずに何度も言うことが大事なんですよね。ねえ篠宮さん、結婚してよ結婚!」  おどけたように肩を揺すり、結城がいつものプロポーズの言葉を繰り返す。もうすっかり恒例となってしまい、重みも何もあったものではない。

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