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恋人の欲目

「君が彼を褒めるなんて珍しいな。頭でも打ったのか」 「できれば褒めたくないけどさ。まあ俺が社長になった暁には、あいつも下っ端として使ってやってもいいかなーと思って」 「なんでそんなに偉そうなんだ……」  尊大な、ある意味彼らしいとも言えるその言葉を聞き、篠宮は苦笑まじりに口許をゆがめた。  結城の部下になるくらいだったら、エリックは自らも会社を立ち上げて彼に対抗する道を選ぶだろう。そうなったら最後、毎日毎日小競り合いが絶えないに違いない。それだけは勘弁してもらいたいものだと、篠宮は祈るような気持ちで溜め息を洩らした。  ◇◇◇  取材当日の朝。  首都圏とはいえやや郊外にある、どこか鄙びた雰囲気のある駅に、篠宮たちは並んで降り立った。  今日はいつものスーツ姿ではない。子供たちと打ち解け、親しみを持ってもらおうということで、木綿のズボンにスニーカーという出で立ちである。会社の用事で人と顔を合わせるのに、こんなラフな服装で来ているなんて、篠宮にとっては実に居心地の悪い話だった。 「とりあえずこれ着ちゃいましょうか」  結城が鞄から、イベント用のジャンパーを取り出した。眼も醒めるような青に、会社のロゴが白抜きで大きく入っている。自分でも似合わないとは思うが、会社の命令とあれば致しかたない。  傍らにいる結城をふと見ると、自分とはまるで印象が違っていた。さわやかな青と白の組み合わせがいかにも好青年という感じで、惚れ惚れするほどだ。これなら売り上げも伸びること間違いなしだと思ってしまうのは、恋人の欲目だろうか。 「あ、篠宮さん。あれじゃないですか? お迎えの車」  結城が身を乗り出した。その声の先に、薄いグレーのワンボックスカーが走ってくるのが見える。車は減速しながらロータリーを回り、篠宮たちのすぐ近くに停まった。 「こんにちは」  二人が歩を進めると、向こうも気がついたのか車を降りてこちらに会釈をした。三十代半ばと、二十代前半と思しき男性の二人組だ。一人は中堅、もう一人は見習いといったところだろう。 「本日はよろしくお願いいたします」  挨拶と名刺交換を簡単に済ませ、篠宮たちは車に乗り込んだ。三列シートのいちばん後ろには、何かの機材らしき物がごちゃごちゃと置いてある。 「記事のほうは事前に聞き取りを行なっておりますので、今日はほぼ写真を撮るだけとなります。こちらで適当に撮らせていただきますので、あまり意識せずに、自然な笑顔を心がけてください。大まかなスケジュールは、お渡ししておいた予定表のとおりになります」 「はあ……」  気乗りのしない仕事に愛想を振りまく気にもならず、篠宮は曖昧に返事をした。隣で結城がやれやれといった表情を見せるが、わざと眼をそむけて知らん顔を決め込む。

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