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不本意な仕事

「最後に集合写真を一枚撮って、撮影は終了となります。出来上がった記事はガードナー様にチェックしていただくことになっておりますので、もし内容についてご心配があるようでしたら、ガードナー様のほうにお問い合わせください」 「分かりましたー。雑誌の撮影なんて初めてなので緊張してますけど、迷惑かけないように頑張ります! どうぞよろしくお願いします」  明るい声で、結城がしれっと大嘘をつく。こういう場面でのやり取りは、彼に任せておくのが得策だ。この場に結城が居ることに、篠宮は心の底から感謝した。  記者たちの先導に従い『マグノリアナーサリー さざんか園』と書かれた門を結城と共にくぐる。 「おはようございます、園長の松本と申します。お忙しいところ、本当にありがとうございます。子どもたちも楽しみにしてるんですよ」  建物に至る小道を歩いていると、ややふっくらとした体型の、年配の女性が挨拶をしに来た。保育園の園長とはこうあってほしいと誰もが思うような、優しい雰囲気の女性だ。 「サエジマ飲料、本社営業部勤務の篠宮と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」  いくら不本意な仕事とはいえ、いつまでも不機嫌な顔をしているのも女性に対して失礼だ。そう思った篠宮は、丁寧に挨拶をして頭を下げた。 「結城でーす。よろしく」  隣にいた結城が、愛嬌のある笑みを惜しげもなく振りまく。若い女性なら真っ赤になってしまったかもしれないが、白髪混じりの園長は動じた様子もなく、余裕たっぷりに柔らかな微笑みを返した。小さな子供を見るような眼だ。 「それでは早速ですが、私たちは撮影ポイントの確認と機材の準備がありますので、いったん失礼させていただきます。撮影は九時半からになりますので、よろしくお願いいたします」  挨拶が済むと、記者たちはそう言って立ち去っていった。 「篠宮さん。俺たち、時間まで何してればいいですかね」 「馬鹿、私たちのほうにもやる事はある。配布する麦茶の数と、今日のスケジュールの再確認だ」  のんびりとした顔の結城を一喝してから、傍らに立つ園長に眼を向ける。聖母のように微笑んで、彼女は建物の真ん中あたりにある、園庭につながる扉を指差した。 「届いた段ボールはあちらのお部屋に置いてあります。数は足りていますし、中身にも、潰れたりへこんだりの問題はありませんでしたよ」 「そうですか。それを聞いて安心しました。念のため、こちらでも確認させていただきますね」  柔らかな物腰と丁重な言葉遣いで礼を尽くす篠宮を見て、結城が口をとがらせた。

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