276 / 396
俺には冷たいのに
「篠宮さんってさ。俺には冷たいのに、女の人にはけっこう優しいよね……」
「馬鹿。そんなこと言ってる暇があったら、真面目に仕事しろ」
篠宮がいつもの調子で言い返すと、園長がそれを聞いてくすりと笑った。
「仲がよろしいんですね」
「あ、いやその……別に、仲が良いというわけでは」
篠宮はうろたえて声を詰まらせた。実際は、仲が良いどころの話ではない。週末には身体を重ねて愛を確かめ合う仲だが、それを他人に悟られるわけにはいかなかった。
「それにしても、広い園庭ですねー。緑も多いし……あ、池もある! これだけ広かったら、伸び伸び遊べるだろうな」
助け舟のつもりか、結城が急に大きな声を出して園庭を見回した。園長がそれに応えて、嬉しそうに口許を緩めながら返事をする。
「ええ。今どきの新しい保育園のような、最新の設備はありませんけど、この園庭だけは本当に自慢なんです。子供たちも、あの大きな樹やお池が大好きなんですよ」
優しく響く彼女の声は、どこまでも慈愛に満ちていて、胸の底から温かい気持ちになる。ここへ来て、気の向かない仕事にふてくされていた篠宮の機嫌もようやく直り始めた。
「こちらです」
園長の案内で室内に入ると、隅に小さな段ボールが並べて置いてあるのが見えた。箱の側面には、可愛らしいフォントで『こども麦茶』と印刷され、周りにも兎や熊などのイラストが描かれている。
「ええと、四歳児と五歳児が合わせて二十二人、他のクラスが全部で三十八人、と……篠宮さん、大丈夫です。数は間違いなく揃ってます」
「そうか」
子供用の小さな椅子が並んだ室内を見回し、篠宮は深々とうなずいた。建物はだいぶ古いようだが、園内は明るく、どこを見ても園児たちへの愛情が感じられる。
こんな場所で、いつまでも仏頂面をしているのも大人げない。気乗りのしない仕事であることには変わりないが、篠宮は気持ちを切り替えて前向きに取り組むことに決めた。天気は良いし、麦茶のパックも予定どおり揃っている。うまく子供たちの笑顔を引き出せるか不安だが、そちらのほうは結城に任せておけば安心だろう。
「小さな子たちは人見知りしてしまうかもしれないので、今日の帰りの会の後に、私たち職員のほうで配らせていただきますね。四歳さんと五歳さんは、遊んだ後に園庭に集まってもらいますので、その時に渡してあげてください。男の人が来るなんて滅多にないので、子どもたちもとても喜んでいて」
園長がそこまで話した時、廊下につながる扉のほうから、がたがたと何かの物音がした。
ともだちにシェアしよう!