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来世でも一緒
「きゃっ」
「ちょっとゆりこ先生、そんなに押さないでよ!」
「違うのよ、あゆみ先生。誰かが私の足を踏んだから……」
「ごめんそれ私だわ。それよりどう? 見えた?」
「やっ、ちょっと待って。ドア開いちゃう!」
複数の女性の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、スライド式の扉が妙に軋むような音をたてながら開く。廊下に居たらしい三人の女性が、折り重なるように部屋の中になだれ込んだ。
「まあ。あなたたち、何をしているの」
園長が眼を丸くして尋ねる。ピンク色の揃いのエプロンをつけているところから察するに、三人ともここの職員のようだ。
「あ。えーと、あの……」
中の一人が、意を決したように顔を上げた。
「サエジマ飲料本社のおしゃれビルから、すごいイケメンの二人組が来たって聞いたので、偵察に来ました!」
「あゆみ先生、ぶっちゃけ過ぎ……」
並んで倒れこんできた女性が、恥ずかしそうに頰を赤らめる。その声にもめげず、最初に声を上げた女性は果敢に質問した。
「あの。彼女いますか? お二人とも素敵だし、もう私はどっちでもいいです。せめてどちらかでも、フリーだったりしません?」
「もう。なに訊いてるのあゆみ先生。どっちでもいいとか失礼すぎるし……それにどう見ても、彼女いるに決まってるでしょ」
「そりゃそうだけど。念のため訊いておくに越したことはないわよ。ダメ元って言葉もあるじゃないの」
拳を握り締め、彼女は姿勢を立て直して結城を見つめた。保育士というと優しくて家庭的なイメージがあるが、思いのほか肉食系なのかもしれない。
「あー、済みません。俺たち二人とも、もう結婚してるんですよ。残念! 来世でお会いしましょうね」
飛んでくる質問を軽くかわし、結城が篠宮のほうを見る。その瞳が『来世でも一緒ですけどね』と語っていた。
「もう。雑誌の撮影と聞いて浮き足立っていたのは、子どもたちだけではなかったようね。こんな所で油を売ってないで、しっかり働いてちょうだい」
決して居丈高ではなく、それでいて威厳のある口調で園長は言い放った。
「あゆみ先生とゆりこ先生は、玄関のお掃除と登園する子たちの受け入れ。みほ先生は、来週のお誕生日会の準備があるはずでしょう。三人とも、きちんと自分のお仕事に戻ってください」
「はぁい。済みませんでした」
三人が揃って頭を下げる。仕事をさぼって客人の品定めに来るなど褒められた話ではないが、職員同士の仲は良好なようだ。
「本当にごめんなさいね。でもお二人ならきっと、こんなことには慣れっこでしょう?」
眼を細め、園長が悪戯っぽい笑みを見せる。隣にいた結城が、まあそうですね、と言いながら愛想笑いを返した。
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