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彼に任せて

「おはようございます。みんな、今日もとっても元気そうで、先生はうれしいです」  よく晴れた空の下、園庭に並んだ子供たちを前に園長が挨拶をした。その周りでは、記者の一人が移動しながらカメラのシャッターを押している。 「今日は『さえじまいんりょう』って会社の、かっこいいお兄さんたちが、みんなにプレゼントを持ってきてくれました。遊びのじかんが終わったら、みんなにひとつずつ配るから、楽しみにしていてね」  少し離れた場所に佇み、篠宮たちは広々とした園庭を見渡した。子供たちの顔は生き生きとしていて、こういう世界もあるのかと新鮮な思いがする。 「それではしょうかいします。今日みんなといっしょに遊んでくれる、まさゆみお兄さんと、かなとお兄さんです」  いきなり名前を呼ばれ、前に出るよう促される。突然のことに篠宮は面食らった。大人相手ならかまわないが、子供たちの前となるとどう挨拶していいか分からない。  篠宮が尻込みしていると、隣に立っていた結城が自信ありげな様子で一歩進み出た。 「みんな、おはよう。ぼくがかなとお兄さん、こっちはまさゆみお兄さんです。今日はぼくたちといっしょに、楽しく遊ぼうね」  子供たちの頭上に、結城の朗々とした声が響き渡る。次の瞬間、元気な答えが返ってきた。 「はーい!」  その様子を見て、園長は嬉しそうに眼を細めてうなずいた。 「みんな、とってもいいお返事ね。かけっこや鬼ごっこをしたい人はお庭で、お絵かきや折り紙をしたい人は、お部屋の中で遊んでください。けがに気をつけて、楽しく過ごしてね」  園長の合図と共に、四歳と五歳の担任らしき保育士が子供たちを誘導し始める。園庭から部屋につながるガラス戸は大きく開け放してあり、子供が自由に行き来して好きな遊びを楽しめるようになっていた。 「じゃあ、俺が鬼ごっこに入るからさ。篠宮さんはテーブルのほう担当してよ」  勝手に話を決め、結城が篠宮を園舎のほうに押しやる。池と樹に囲まれた広い庭を走りたくてたまらないらしい。犬か、と篠宮は可笑しさをこらえきれずに苦笑した。  まあ、ここは彼に任せておいたほうがいいだろう。結城の申し出に甘え、篠宮は素直に室内に引っ込むことにした。  木でできた緩い坂を上り、靴を脱いでスリッパに履き替える。背後から園長の声が聞こえたのはその時だった。 「営業のお仕事って、大変なんでしょうね」 「ええ……まあ」  振り向いて、篠宮は軽く会釈を返した。急に呼ばれて雑誌の取材を押し付けられたり、保育園に行けと命令されたり、大変です。そんな皮肉な言葉が胸の奥に浮かんだが、もちろんそれは口にせずにおく。

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