281 / 396
懐かしい香り
何も言わず、篠宮はその姿を横から見守った。折るたびに角がずれていくのがどうにも気になるが、この際それには眼をつぶることにする。
「えっと……ここは……?」
「裏返して、同じように両側を折るんだ」
救いを求める視線を向けられるたび、手を添えて助ける。最後に真ん中を膨らませると、一応ロケットらしき物が完成した。
「できた!」
男の子が歓声をあげる。出来上がりは拙くても、自分が努力して作った物は何よりの宝物なのだろう。そう思うと、どことなく微笑ましい気持ちになる。
篠宮はガラス戸の外にある青空を見上げた。見事な秋晴れの空に、綿菓子のような雲が薄くたなびいている。廊下のほうからは、おそらく給食かと思われる美味しそうな匂いが漂ってきた。妙に心が浮き立つ、どことなく懐かしい香り。都会の喧騒とはかけ離れた、のどかで暖かく、穏やかな時間だ。
「かなとお兄さん!」
楽しそうな子供の声が響き渡り、篠宮は園庭に視線を移した。青いジャンパーを着た結城が、砂を蹴散らしながら子供たちの先頭を走っている。
「かなとお兄ちゃん、はやーい! 追いつけないよ」
途中で脱落したと思われる男の子たちが、地団駄を踏んで文句を言っている。そんな結城の姿を見て、篠宮は呆れ返った。子供相手なのだから少しは手加減してやればいいのに、全力疾走で鬼ごっこをしている。
「大人げない奴だな……」
思わずぼそりと呟くと、それを聞きつけたのか園長は朗らかに笑った。
「あら、いいじゃありませんか。世の中は甘くないってことを子どもたちに知らせるのも、大人の役目ですよ。ふふ」
微笑と共に、園長が教育者らしい意見を述べる。篠宮はもういちど園庭に眼を向けた。気を取り直した男の子が、諦めずに再び結城を追いかけているのが見える。文句を言いつつも、けっこう楽しんでいるらしい。
……そろそろか。そう思いながら、篠宮は時計を見た。予定どおりなら、もうじき遊びの時間が終わる頃だ。
「みんな、集まってね! お茶の時間ですよー!」
保育士の一人が手を挙げて叫ぶと、周りの子供たちから一斉に不満の声があがった。
「ええーっ。もう?」
「もっとお兄ちゃんと鬼ごっこしたい!」
「ずっとは遊んでいられないのよ。お兄さんたちは忙しいの。はい、らいおん組さんはくみこ先生、ぱんだ組さんはしずか先生のところに集まってくださいね!」
先生たちの揺らぎそうもない言葉を聞き、園庭に散らばっていた子供も渋々といった様子で集まってくる。
ともだちにシェアしよう!