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誇らしい気持ち

 いよいよ最後の大仕事だと思いながら、篠宮は立ち上がって部屋の隅にある段ボールを取りに行った。中身のお茶を子供たちに配り、集合写真を撮ったら、この仕事は終了だ。 「篠宮さん、大丈夫? 重くない?」  園庭の中ほどに居た結城が、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。子供たちを相手に好き放題に遊びまわって、大満足といった様子だ。 「人の心配をする前に、まずその汗を拭け」  ポケットからハンカチを出し、篠宮は結城に手渡した。スポーツドリンクでも用意してひと休みさせたいところだが、まずは子供たちにお茶を配ってからだ。 「あー、けっこう疲れるもんだな」  受け取ったハンカチで、結城が額を拭う。情事の後の汗ばんだ身体が思い出されて、篠宮は一人で赤面した。 「少しくらい手加減しろ……相手は子供なんだぞ」 「えー、だって。みんな頑張って走ってくれてるんだもん。真面目に遊んであげなきゃ失礼じゃん!」  彼らしい言い草と共に、結城が軽々と段ボールを抱え上げた。 「私が運ぶ。君は走り回って疲れているだろう」 「いいのいいの。このくらい俺がやるって。その代わり、後でジュース奢ってよね。えへへー、楽しみ」  予定の場所に段ボールを下ろし、結城が屈託のない笑みを見せた。 「あ……」  その表情を見た途端、今さらのように彼に対する恋心を感じ、胸が切ないほどに苦しくなる。仕事中だというのに、なんという場違いなことを考えているのか。篠宮はそう思って自分を戒めた。 「みんな、今日はいっしょに遊んでくれてありがとう! 今からお兄さんたちがお茶を配りまーす。ほいくえんでお茶もらったよって、おうちの人にも教えてあげてね!」  綺麗に二列に並んだ子供たちに、結城が麦茶のパックを手渡し始める。遅れてはならないと、篠宮も慌てて段ボールに手を伸ばした。カメラのシャッターの音が、まるで芸能人の記者会見のように立て続けに何度も鳴る。 「なんなのあれ……眩しすぎるわ」 「やっぱいい男は先に売れちゃうのよね……」  少し離れた場所で、職員の女性たちが小声で囁きあっているのが聞こえる。  彼女たちは、結城の容姿だけを見てそう言っている。急にそのことに気がついて、篠宮は胸が熱くなるのを感じた。  彼の本当の素晴らしさを知っているのは自分だけだ。優しくて料理は上手で頼りがいがあって、いつでも変わらず愛していると言ってくれて、浮気なんて絶対にしない。自分の恋人はなんて魅力的なのだろうか。そう思うと、誇らしい気持ちでいっぱいになった。

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