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純粋な感謝

「はーい、お茶もらった人はあっちに並んでね」 「ハヤトくん! そっちじゃないわ、こっちよ」  受け取りの済んだ子を誘導する声で、篠宮は我に返った。何人かの職員が、園庭の樹の前で子供たちを立たせたり座らせたりしながら、集合写真のための列を形づくっている。 「よし、配り終わった! 篠宮さん、俺たちも行こ」  結城に促され、篠宮は急ぎ足でその場に向かった。後は集合写真を撮れば、この慣れない仕事もいよいよ終わりだ。 「お兄さん二人は、いちばん前の真ん中に入ってください。園長先生と主任の先生は前の列の両端で。その他の、肖像権使用に同意された先生がたは、後ろに並んでいただくようお願いしまーす」  さすがに撮り慣れているのか、記者たちがてきぱきと指示を出していく。 「みんな、もらったお茶が見えるように、おててを少し上げてください。はい、じゃあ撮るよー。カメラのほう見てね!」  何度か言葉をかけながら五枚ほど撮影すると、記者はようやく承認の合図を出した。後ろに並んだ職員たちから、どっと緊張の解けた溜め息が洩れる。 「はい。じゃあ最後にみんなで『お兄さんありがとう』って、お礼を言いましょうね。せーの」 「お兄さん、ありがとう!」 「みんな、上手に言えたわね。サエジマ飲料のお兄さんたち、今日はお忙しいなか来ていただき、本当にありがとうございました。それじゃあみんなは、お部屋に戻ってごはんを……」 「えー! お兄ちゃんたち、もう帰っちゃうの?」  誰かの甲高い声が響き渡る。その言葉に触発されたのか、それまで撮影のために整然と並んでいた列が一気に崩れた。 「お兄さんありがとう! また来てね!」 「楽しかった! また鬼ごっこしたい!」  止める間もなく篠宮たちのほうに駆け寄り、子供たちが遠慮なく飛びついて感謝の言葉を浴びせる。揉みくちゃ、という表現がまさに相応しい激しさで、篠宮たちは押し潰されそうになった。 「うわみんな! あれだけ走り回ったのに、まだこんなに元気が残ってるの?」 「ちょっと待て……こら、ズボンを下げるな」  両手でベルトを死守しながら、篠宮は身をよじった。子供たちが結城を取り囲んで、別れを惜しむのは理解できる。驚いたのは、篠宮のほうにも決して少なくはない数の子供が集まってきたことだった。 「まさゆみお兄ちゃん、ロケットつくるの手伝ってくれてありがとう!」 「また折り紙おしえてね!」  打算も偽りもない、純粋な感謝の思いを胸に、子供たちが眼を輝かせている。それを見たとき篠宮は初めて、たまにはこういう仕事も悪くないと思った。

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