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ピンク色のハート
給食の準備で職員たちが忙しく立ち働く中、園長に挨拶をして部屋を出る。記者たちはこのあと別の取材に向かうということで、集合写真を撮るとすぐに撤収していった。
「あー。バスの時間、中途半端だなあ。三十分か……どうする篠宮さん?」
帰りの交通機関を調べていた結城が、残念そうに溜め息をついた。
「そうだな。少し歩くか。地図アプリを使えば、道に迷うこともないだろう」
玄関に向かう廊下を歩きながら、篠宮が手短かに答える。背後では、食事前のトイレに向かう子供たちと、それを指導する職員の声が騒がしく響いていた。
「あの……!」
おずおずと、それでいて何かを決意したような、女の子の声が聞こえたのはその時だった。
「え?」
篠宮と結城が同時に振り返る。眼のぱっちりとした、可愛らしい感じの女の子がそこに立っていた。
二つに分けた髪に、赤いリボンを結んでいる。そのリボンを見て、篠宮は思い出した。折り紙のハートを手伝ってあげたあの子だ。
「どうしたの? もうご飯の時間だよ。みんなと一緒に、おてて洗ってきなよ」
しゃがみこんで視線を合わせ、結城が優しく話しかける。女の子は恥ずかしそうに視線を泳がせた。
「あの……あのね。マイちゃん、おてがみあげたいの」
「え、手紙? 誰に?」
結城が聞き返すと、女の子は後ろ手に何かを持ったまま、もじもじと身体を揺すった。
「えっと。あの……まさゆみお兄ちゃんに」
「へえ。お手紙だって、篠宮さん。受け取ってあげてよ」
「はあ……」
はっきりしない返事を呟きつつ、篠宮はマイと名乗る女の子の手から手紙を貰い受けた。
ふたつに折っただけの紙を開いて、中に眼を走らせる。間には、先ほど折り紙で作ったピンク色のハートが挟んであった。
たどたどしい上にところどころ鏡文字になっているが、なんとか読み取ることができる。そこには『まさゆみおにいちゃんへ。かっこよくてだいすきです』と書いてあった。
「うわっ。ラブレターじゃん」
ただの微笑ましい話で片付けるかと思いきや、結城はたちまち険しい顔で彼女を睨みつけた。まったくもって信じがたい話だが、こんな子供相手に敵愾心 を燃やしているらしい。
「あのさあ、マイちゃん。マイちゃんは、まさゆみお兄ちゃんのことが好きなの?」
眉をしかめ、結城が不機嫌な声で言い放つ。子供に合わせて視線を下げた姿が、突然、俗に言う『ヤンキー座り』というものに思えてきた。
「うん。マイちゃん、まさゆみお兄ちゃんとけっこんしたい」
そんな結城の口調に怯 むことなく、女の子は胸を張って言葉を返した。一歩も引かず、受けて立つつもりらしい。
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