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正直な気持ち
「あのね、マイちゃん。まさゆみお兄ちゃんは、かなとお兄ちゃんとけっこんするんだ。だから、マイちゃんとはけっこんできないよ。まさゆみお兄ちゃんがかっこいいのは分かるけど、まさゆみお兄ちゃんとかなとお兄ちゃんは、ふかく愛しあってるんだ。マイちゃんは、他の人とけっこんしてね」
幼い子を前に、結城がくどくどと自分たちの絆を説いて聞かせる。あまりのことに、篠宮は声を失った。もはや呆れすぎて怒る気にもなれない。
「子供に何を言ってるんだ……」
やっとのことでそれだけ呟き、篠宮は女の子の顔色をうかがった。結城の勢いに若干気圧 されはしたものの、今ひとつ腑に落ちない顔で口をとがらせている。
「まさゆみお兄ちゃん。ほんとにかなとお兄ちゃんとけっこんするの?」
誤魔化しのきかない直球の質問に、篠宮は困り果てた。まさかそうですと答えるわけにもいかないだろう。自分たちが帰った後、園内で『あの二人けっこんするんだって!』などと言いふらされてはたまらない。
……結婚。その単語は結城と出逢うまで、篠宮の人生にはまるで関わりのないものだった。いや、今もそうだと言っていい。結城のことは好きだが、結婚となると話は別だ。
仮にも式と名のつくものを行うのであれば、彼の家族に隠しておくわけにもいかない。周りの人にだって知られてしまうだろう。同性同士で結婚式までしておいて、もしすぐに別れたという話にでもなったら、いい物笑いの種だ。
結城の願いを叶えてやりたいという思いはある。しかしいざとなると、どうしても踏ん切りがつかなかった。結婚などしなくても、こうして彼がそばに居てくれるだけで、充分に幸せだ。それが今の篠宮の、嘘偽りのない正直な気持ちだった。
「ね、まさゆみお兄ちゃん。けっこんするって、ほんとなの?」
女の子が、疑わしげな眼差しで追及してくる。
子供と話す機会など滅多にないので、どう話していいか分からない。しばらく考えた末、篠宮は慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「……結婚はしないけど、私にとってはとても大事な人だ。ずっとそばに居て、仲良くしたいとは思ってるよ」
「マイちゃんとけっこんしても、まさゆみお兄ちゃん、かなとお兄ちゃんと仲良くしていいよ」
愛していても結婚はしない。そんな大人の機微を窺い知るのは、幼い子供にはまだ難しかったらしい。眼の前の女の子は、結婚して妻ができても、友達と付き合うことは別に構わないと述べた。やや拙い言い回しだが、言いたいことは理解できる。
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