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人妻ってことになれば

「子供の戯れ言だ、気にすることはない。その程度のことに動じないで、もっとどっしりと構えていろ」 「どっしりなんて構えていられるわけないでしょ。篠宮さんが俺のことを好きになってくれたなんて、俺にとっては、宝くじの一等が十回連続で当たるくらいの奇蹟なんだから」 「そんな大層なことか……手紙の一通や二通もらったところで、私が心を動かすことなんて有り得ないんだから、心配しなくていい。クローバーの冠にかけて誓った仲じゃないか」 「うう……」  冠の話を持ち出すと、結城は唸り声をあげつつもようやく納得して、いったん矛先を収めた。 「まあこんなに真面目で律儀で誠実な篠宮さんが、俺以外の奴に心を移すなんて、有り得ないとは思ってるけどさ。それはそれとして……篠宮さん、さっきあの子に『結婚はしないけど』って答えてたでしょ。結婚しないってどういうこと? そんなにきっぱり断言しなくてもいいじゃん! ねえ、結婚しようよ。結婚ー!」  お決まりの結城のプロポーズを聞き、篠宮はどこかほっとするような思いで苦笑いを浮かべた。なんだかんだと言いながら、自分も毎回のこの遣り取りを楽しんでいるような気がする。 「こんだけ言ってるんだから、いいかげん諦めて結婚してよ。ね、ね? 篠宮さん。結婚しよ?」 「しない」  たまにはパターンを変えてみるかと思い、口許を引き結んで拒絶の意を伝える。思ったとおり、結城は涙目になりながら拳を握り締め、芝居がかった口調で大袈裟に嘆いてみせた。 「うわー、本当に断言されたー! なんでどうして篠宮さん? 俺じゃ駄目? どうしたら結婚してもらえるの?」 「しないと言っているだろう……だいたい君は、どうしてそんなに結婚にこだわるんだ」  良い機会だと思い、篠宮はこの場で尋ねてみることにした。誰もが認めるような関係ではないと解ってはいても、ごく親しい人たちのささやかな祝福を受け、愛する人と結ばれたい。そんないじらしい願いなら、少しは耳を傾けてやらないでもない。 「だってさ。篠宮さんが可愛いのはもうどうしようもないとしても、人妻ってことになれば、みんな多少は遠慮するでしょ? 抑止力だよ、抑止力。ああもう早く結婚して、篠宮さんは俺のもんだって世界中に言っちゃいたい……この世の人がみんな篠宮さんを狙ってると思ったら、心配でたまらないよ」 「本気でそんなことを言ってるなら、心配なのは君の頭のほうだ……馬鹿。早く靴を履け。社に戻るぞ」  こんな所で結城とくだらない漫才をしていたら、あっという間にバスの時間になってしまう。忘れ物がないかもういちど頭の中で確認してから、篠宮は振り向きもせず、結城の先に立って歩き始めた。

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