302 / 396

素敵な男性

「まあそういうことでしたら、たしかに、簡単に結婚する気にはなれないのも解ります。世間体とか将来のこともありますからね。篠宮さんは人一倍まじめそうだから、余計にいろいろ考えてしまうのでしょう。でもあなたが選んだ人なら、そんな世間の荒波なんか物ともせずに、必ずあなたを幸せにしてくれますよ。どんなかたなのか、お会いしなくてもなんとなく想像がつきます」  橘はどんな男性を想像しているのだろうか。篠宮は頭の中で考えてみた。まさかあんなに長身ですらりとした、アイドル顔負けの容姿だとは思っていないだろう。料理は上手で、デートに行けば非の打ち所のないエスコートで楽しませてくれて、どんな時でも変わらず愛していると言ってくれる。  結城の長所をひとつひとつ数え上げるうちに、篠宮は彼に対する自分の態度を顧みて複雑な気分になった。あんな完璧な恋人のプロポーズを断るなんて、ひねくれ者もいいところだ。 「あなたのような人を射止めるなんて、きっと素敵な男性なんでしょうね」 「ええ、とても」  勢いこんでそう言ってしまってから、篠宮はさすがに恥ずかしくなって黙りこんだ。今日知り合ったばかりの、言ってみれば行きずりの人物と話しているせいだろうか。ちょっとしたことで気が緩み、かえって本音が出てしまう。 「ラブラブなんですね。羨ましいです」  必要以上にからかおうとはせず、橘は穏やかに微笑んで話を続けた。 「奇蹟のような出逢い……さっき私がこの曲のタイトルを口にした時、篠宮さん、とても幸せそうな顔をしてましたよ。ああ、誰か特定の人のことを考えてるんだなとすぐ分かりました。あなたがそれほど深く想っているなら、きっと素晴らしい人だろうと思ったんです。どうですか、当たっているでしょう?」  恋人が同性だと聞いても、橘はそれを当たり前の出来事として受け止め、奇異な眼で見ることもない。自分より歳を重ねた人物の、温かく包みこむような優しさを感じ、篠宮はいつになく素直な気持ちになった。結城がこの場に居ないということも、その思いを促す要因だったかもしれない。彼がここに居たらまた意地を張って、会ったばかりの他人に恋人自慢をする気など失せていただろう。 「ええ……私にはもったいないくらいの人です。もちろん、欠点もありますが……そんなことが気にならないほどの美点に恵まれています」  思いきって口にしてしまった後で、篠宮はやはり恥ずかしくなって眼を伏せた。アルコールの助けを借りたいところだが、ご馳走になっている身としては勝手に注文するわけにもいかない。

ともだちにシェアしよう!