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教育方針

「もしかして篠宮さん、腹筋バキバキのほうが好み? それなら俺も今からジム通うよ!」 「話の腰を折るなと、さっきも言っただろう……他の男がどんなに理想的な体型をしていようが、私が好きなのは君だけだから安心しろ。そんなことより。金持ちのお坊っちゃまの趣味といったら、普通なにを思い浮かべる?」  これ以上じゃれつくなという思いを込め、篠宮が結城を睨みつける。そろそろ真面目に答えたほうが良いと悟ったのか、結城は恨みがましそうな眼を向けながら口を開いた。 「お坊っちゃまの趣味……? えー、なんだろう。ヴァイオリンとか? 乗馬にテニス……和風で渋めに、茶道とか歌舞伎鑑賞あたりも有りそうだよね」 「まあそんなところだろうな。ところでよくよく考えてみれば、君たちだって日本有数の大会社の、社長の息子として生まれたわけだろう。君といいお兄さんといい、社長のご子息にしては庶民的だと、少しばかり不思議に思ったんだ」  懇親会で社長の長男と顔を合わせた時のことを、篠宮はしみじみと思い返した。あの時は彼に弟がいることすら知らなかったし、ましてやその弟と恋人同士になるなんて夢にも思っていなかった。  懇親会に社長の息子が来ると聞いて、当時の自分はかなり緊張していたような記憶がある。だが長男である冴島氏は、意外にも気さくに話をしてくれた。社会人になって間もない新入社員に気を遣ってくれたのだと思っていたが、いま思うと明るく親しみやすい雰囲気が、結城に少し似ていた気もする。 「あー、それ多分、オカンの教育方針のせいです」 「おかん……?」 「あー。えーと、お母様です。俺の」  篠宮の訝しげな声を聞き、結城はぽりぽりと頰をかきながら急いで言い換えた。 「兄貴のお母さんって、兄貴を産んだ後すぐに亡くなったんだよね。あまりにも小さくて可哀想だったから、叔母に当たるうちのオ……母親が、代わりに世話をしたんだよ。兄貴のお母さんはいかにもお嬢さま然とした、物静かな人だったらしいんけど、オカ……じゃなかった、うちの母はですね……」 「もうオカンでいい。意味は分かった」  言い換えを気にするあまり文脈が怪しくなっているのを感じて、篠宮は仕方なく妥協した。 「あー、はい。そのオカンが言ってたんだよ。親の金なんか当てにするなって。だから小遣いも少なかったし、欲しい物だって、そんなに次から次へと買ってもらえるわけでもなかった。まあマナーを覚えるって目的で、時どき高級レストランには連れてってもらったけどさ。あとは俺も兄貴も庶民と変わらない生活だったんだから、そりゃあ庶民的にもなるよ。親父からは『金に寄ってくる女なんてろくな奴は居ない。非の打ち所のない最高の恋人が欲しかったら、自分の魅力で勝負しろ』って、耳にたこができるほど聞かされたし。我が親ながらスパルタだよねー。『獅子は我が子を千尋の谷に突き落とす』ってやつ?」  そこまで言うと結城は、何を思ったかいきなり篠宮の胸に抱きついた。

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