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お礼をしたい
風呂上がりの身体にバスローブを羽織り、ドライヤーで軽く髪を乾かす。脱衣所を出ると、寝室の扉はすぐそこだ。
半開きになったドアに手を掛けて、篠宮は中を覗きこんだ。ベッドの傍らに、結城がこちらに背を向けて立っているのが見える。全裸で待っていると言っていたが、どういうわけかまだ服は着たままだ。
「あ、いらっしゃい! 湯加減はいかがでしたか?」
結城が振り返ってにこやかに微笑む。二人きりで寝室に居るというのに、なぜか他人行儀な、店員と客の遣り取りのような言葉遣いである。
篠宮はベッドに眼を向けた。どこから出してきたのか、敷き布団の上一面にビニールシートが敷いてあり、さらにその上にはバスタオルが載せてある。察するに、また何か新しい遊びを考えついたらしい。
「正座して待っているんじゃなかったのか」
「その予定だったんだけどね。ちょっと思いついたことがあって。会社では部下の面倒を丁寧に見てくれて、プライベートでは恋人にケーキを買ってきてくれる、優しい篠宮さんにお礼をしたいなー、なんて」
にこにこしながら手をつなぎ、結城が篠宮をベッドの端に座らせる。今度は何が始まるのかと、篠宮は限りなく不安な気分になった。
「篠宮さん、毎日のお仕事で疲れてるでしょ? パソコンも使うし……肩とか腰とか、すごく凝ってると思うんだよね。日頃の感謝の気持ちを込めて、俺がマッサージしてあげるよ」
「マッサージって……君のことだから、どうせいかがわしいマッサージなんだろう」
「そんなことないって! いやらしい気持ちじゃなく、ちゃんと真剣にやるから」
結城が曇りのない瞳で断言する。その真っ直ぐな視線に、篠宮の心が少し動いた。たしかに最近、夕方になると、肩や肩甲骨の辺りがだいぶ凝っていると感じることがある。プロのような施術は期待できなくても、軽くマッサージしてもらえればそれなりに楽になるだろう。
「分かった。せっかくだから……お願いする」
「そう来なくっちゃ。はいはい、それじゃあバスローブ脱いで、こちらにうつ伏せになってくださいね」
物慣れたエステティシャンのような仕草でベッドを示し、結城がそこに横たわるよう篠宮に指示する。言われるまま、篠宮は裸になってタオルの上に寝転んだ。下に敷かれたビニールシートが、しゃりしゃりと音を立てる。
「力を抜いて、リラックスしてくださいねー」
露わになった篠宮の腰に、結城が目隠しのタオルをかける。篠宮は驚いて眼を瞠った。いつもなら我を忘れてむしゃぶりつくはずの場所を、タオルで隠すなんて、どうやら本気でマッサージをしてくれるつもりらしい。
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