316 / 396

重要な問題

「おめでとう、佐々木くん。子持ちの二十代の仲間が増えて嬉しいよ。実はさ……安定期に入ったら、みんなに報告しようと思ってたんだけど。うちも二人目ができたんだよ」 「え、そうなんですか? それはそれは、おめでとうございます! ダブルでおめでたいですね!」 「そうだねえ。でも佐々木くん。夫としては、手放しに喜んでばかりもいられないよ。女の人はこれからいろいろ大変なんだ。ちょうど同じ時期だから、奥さん同士、いろいろ相談し合えるといいよね」 「そうですね! 困った時に相談できる先輩ママが居たら、レイナも心強いと思います」 「まあ、今度お互いの奥さんを交えて、一緒に食事でもしようよ。それじゃあ佐々木くん、子を持つ父親として、俺たちは馬車馬のように勤勉に働こうね」  冗談めかした口調で呟き、牧村が席に戻っていく。佐々木たちの話を聞いてざわついていた営業部の皆も、時間が経つにつれすっかり落ち着きを取り戻して、自分の仕事に勤しんでいた。いつもと変わらない朝の風景だ。 「よーし、頑張るぞー!」  気合いに満ちた声をあげ、佐々木が意気揚々と机に向かう。壁にかかった時計がきっかり九時を指すのを見て、篠宮は眉をひそめた。  佐々木と牧村の妻が懐妊したというのは、同じ職場で働く者にとっては大きなニュースだ。月が満ちて無事に産まれれば、出産祝いなども必要になってくるだろう。だが今の篠宮には、それよりも遥かに重要な問題があった。  腕時計に眼を向けてから、篠宮はもういちど壁掛け時計を見て時刻を確認した。時計の針は九時二分を指している。  結城が出社してこない。はっきりとその事を認識し、怒りより先に、ついにこの日が来たかと呆れた思いが胸に満ちる。  ぎりぎりなのは常のことだが、始業時間を過ぎたことはなかった。遅れさえしなければいいと今まで眼をつぶっていたが、こうなってくると甘い顔をするわけにもいかない。  ポケットから携帯電話を取り出し、篠宮はすぐに結城の名を見つけてコールボタンを押した。部下の勤務態度に問題がないよう管理するのも、れっきとした上司の仕事だ。  交通機関に遅れが出ているのなら、始業時間前に連絡するのが筋と決まっている。その連絡が無いということは、単なる寝坊だろう。月曜の朝から遅刻だなんて、すこし(たる)んでいる。後で厳重に注意しておかなければいけない。  画面の表示が電話中のものに変わり、続いて呼び出し音が鳴り始める。自分のほうから電話するのは久しぶりだと、篠宮は考えるともなく考えた。結城は大した用事がなくても『声が聞きたい』という理由で電話を寄越すが、篠宮から掛けることは滅多にない。

ともだちにシェアしよう!