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遅すぎる

 恋人からの久々の電話がこれだなんて、結城も喜んでいいのか悲しむべきなのか複雑な気持ちだろう。そう考えて苦笑しかけた、そんな篠宮の耳に飛び込んできたのは、予想もしていなかった無機質なアナウンスの声だった。 『お掛けになった電話は、電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため……』  抑揚のないその音声を聞きながら、篠宮は驚いて絶句した。恋人への連絡ツールとして電話を非常に重要視している結城は、いついかなる時も充電を切らしたことはない。そのことは、当の恋人である篠宮が一番よく知っている。ましてや電源を切っているなど、余程の理由でもないかぎり有り得ない。  妙な胸騒ぎを感じて、篠宮はくちびるを噛み締めた。  天野係長に報告すべきだろうか。そう思って視線を移したが、彼女は自分の席について受話器を耳に当て、なにやら真剣な様子で電話の向こうの話を聞いている。いま話しかけることはできない。 「あれ? そういえば結城は?」  佐々木が、仲間の不在に気がついて辺りを見回した。その隣に座っていた山口も、立ち上がって出入り口に眼を向ける。 「電車遅れてんのかな。篠宮主任、なんか聞いてます?」 「い、いや……」  無意識に後ずさりながら、篠宮は手にした電話をポケットに戻した。時計の長針はもう、文字盤の三の位置に近づいている。これ以上、自分の胸ひとつで収めておくことはできない。連絡も無しに始業時間を十五分も過ぎるなんて、いくらなんでも遅すぎる。 「みんな、ちょっと聞いて」  電話を終えたらしい天野係長が、青ざめた顔で篠宮たちのほうに歩いてきた。 「さっき、総務のほうに警察から連絡が入ったの。結城くんが通勤途中で交通事故に遭って、入院することになったそうよ」 「ええっ、入院? 大丈夫なんスか?」  篠宮の向かいの席にいる佐々木が、一番に声を上げた。 「命に別状はないって言ってたわ。詳しいことが分かったら、改めて報告します」 「大したことなきゃいいけどなぁ……月曜の朝っぱらから事故だなんて、あいつも災難だな」  佐々木に子供ができたというニュースもそれなりにセンセーショナルなものではあったが、これはその比ではない。突然の事故の知らせに辺りがどよめき、結城の身を案じて様々な言葉が飛び交う。その中で篠宮は、一言も発せずにただ突っ立っていることしかできなかった。  交通事故。その単語が、何度も耳の中で反響する。いきなり鉄槌で頭を殴られたような衝撃だった。

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