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相談してから
「ごめんごめん、俺の気配りが足りなかったよ。いきなり入院とか言ったら、そりゃあ篠宮さんもびっくりしちゃうよね。なんかさあ、問題の車を運転してた奴が、どっかのお偉いさんの息子だったみたいで。なんとか穏便に事を済ませたいらしくて、とりあえず強制的に入院させられたんだよ。でも……篠宮さんがこんなに心配するなら、ひとこと相談してからにすれば良かったな」
素直に謝罪の言葉を述べ、結城はなだめるように篠宮の髪を撫でた。
「後遺症が残るといけないからって、問答無用でここに連れてこられたんだけどさ。こんなかすり傷で、後遺症も何もあるわけないと思わない? やっぱ入院すんのやめて、普通に会社に行こうかな」
その場の雰囲気を和らげるため、結城がわざとおどけた声を出す。篠宮は驚いて言い返した。
「何を言っているんだ。細かい事情はともかく、後遺症について気遣ってくれるのは、事故を起こした側の誠意の表れだろう。その場ではなんともなくても、後でどんな症状が出てくるか判らないんだ。きちんと調べてもらったほうがいい」
「そっか……そうだね。分かった。それで篠宮さんが安心できるなら、ちゃんと検査受けてから復帰するよ」
柔らかな笑みを浮かべ、結城は愛しくてたまらないというように篠宮の頰を指先で撫でた。
「こんなに心配してくれるの、篠宮さんだけだよ。うちの家族なんか酷 いんだよ? 大したことないって判ったとたん『そんな傷くらい、唾でもつけてなすっとけ』って」
病室という場所にそぐわない朗らかな顔で、結城があははと声を上げて笑う。その明るい表情を見ることで、篠宮の心にもようやくいつもの余裕が戻ってきた。
「急に入院することになって大変だろう。何か足りない物があれば言ってくれ」
「ありがと。でも大丈夫だよ。下にけっこう大きな売店があって、必要な物はだいたいそこで揃うから。取り上げられた荷物も午後には戻ってくるはずだし、パジャマもレンタルできるし、今のとこ特に要る物はないかな」
「そうか」
結城の答えを聞いて、篠宮はとりあえず安心した。これだけの規模の病院ならば、急な入院にも対応できるようになっているはずだ。財布さえ手許に戻ってくれば、下着や歯ブラシなどの用意もすぐに調 うだろう。
「では、私は今から社に戻る。天野係長には、検査で異常がなければすぐにでも復帰できそうだと、そう伝えていいか?」
「うん。水曜日に退院する予定だから、木曜日からは出勤できると思うよ。大したことないから安心してって、他のみんなにも伝えといてよ」
「ああ。仕事のことは心配せずに、ゆっくり休んでくれ。じゃあな」
別れの挨拶と共に立ち上がった篠宮を、結城が焦った声で呼び止めた。
「あっ! ちょっと待って」
「なんだ?」
「さっき、必要な物はないって言ったけどさ。あったあった! 要るもの!」
篠宮の手をがっちり掴んで捕らえ、彼は片眉を上げてにやりと笑った。
「……キスして」
「ばっ、馬鹿……」
動揺で顔を赤くしながら、篠宮は辺りをきょろきょろと見回した。上司として部下の様子を確認しに来ただけなのだから、今は紛うかたなき勤務時間内だ。先程までの自分なら、激情に任せて口接けでもなんでもしていただろうが、恋人の無事を知り冷静になってしまった今ではそうもいかない。
「ねえ、早くしてよ。他の患者さんたちが帰ってくる前に」
焦れた声を出し、結城が上目遣いで催促する。
「馬鹿、いつ帰ってくるかも分からないのに、そんな事ができるわけないだろう」
「さっき篠宮さんが来るちょっと前に、三人で煙草吸いに行ったんだ。外の喫煙所まで行かないといけないから、たぶんまだ戻ってこないよ。ねえねえ、チューしてよ。軽くでいいから。舌入れさせてとか言わないから。ね?」
「あっ……当たり前だ」
篠宮は素早く入り口に眼を向けた。開いたままのドアの向こうに人影は見えず、廊下を歩く足音も聞こえない。
「ねー、早く」
眼を閉じて、結城が顔を上に向ける。諦めるという言葉は、彼の辞書には存在しないらしい。
仕方なく篠宮は覚悟を決めた。あれだけみっともなく泣きじゃくっておいて、今さら恥ずかしいも何もない。
「んー」
口許に微笑を浮かべ、結城が恥も遠慮もなくキスをねだる。思いきって顔を近づけ、篠宮はほんの一瞬だけくちびるを合わせた。
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