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心の声

「ええ。でも、席はこのままでいいわね。動かすのも面倒だし」  篠宮が口を酸っぱくして注意しているお陰で、いつも綺麗に整頓されている結城の机を、彼女は横目でちらりと見遣った。 「ほら、シトリナさんとの長期契約もいよいよ本決まりになったじゃない? 結城くんには来月半ばに、海外出張に行ってもらいたいの。通関士とか司法書士とか、契約に必要な人材を取りまとめて、全部で四、五人のチームで行く予定よ。期間は二週間。結城くんは営業部の代表として、シトリナさんとの地盤固めをしてきてもらえるかしら。いちおう通訳もつくはずだけど、結城くんなら英語は問題ないから、大体のところは一人で大丈夫でしょ。後でレポートを提出してもらうから、よろしくね。はっきりしたことが分かったら、また後で説明するわ」  二週間の出張と聞き、篠宮は結城の表情を確認しながら密かに身構えた。海外出張となれば、そのあいだ恋人に逢えないのはもちろん、電話だってそうそう頻繁にはできないだろう。これはまた、篠宮さんと離れるなんて嫌だとか騒ぎだすパターンだ。 「ありがとうございます。俺、頑張ります」  力強く答える結城の言葉を聞いて、篠宮は驚愕に眼を見開いた。 「あら、意外ね。てっきり『篠宮さんと離れるなんて嫌だ』って騒ぎ出すかと思ったけど」  信じられないといった顔で、天野係長がぱちぱちと(まばた)きをする。篠宮がわざわざ口にせずとも、心の声をすべて彼女が代弁してくれた。 「だって。いつまでもそんな甘えたこと言ってたら、篠宮さんに相応しい男になれないもん。俺は篠宮さんの人生を支えられる男になるって、そう固く心に決めたんです」  決意を新たにするかのように、結城が自身の胸に手を当てる。  自信に満ちあふれたその様子を見て、篠宮は微かに溜め息をついた。以前は自分が一日出張に行っただけで、逢いたい逢いたいと大騒ぎしていたのに、ずいぶんと成長したものだ。教育係の身としては、その変化が嬉しくもあり寂しくもある。  係長が困った顔で眼を伏せた。 「あー、えっと……いつ結婚するの? あたしこの前、新しいテレビと冷蔵庫買っちゃったのよね。いま金欠で、ご祝儀とかあんまり出せないんだけど」 「いやあ、いいですよご祝儀なんて。俺にとっては、篠宮さんと結婚することが何よりのご祝儀だもん。式に来て『おめでとう』ってひとこと言っていただけたら充分です」  恋人との仲の良さをからかわれ、結城が緩みきった顔でへらへらと笑う。すでに結婚が決まったような口ぶりだ。 「そうなのね篠宮くん……私も感無量だわ。近いうちにそうなるだろうとは思ってたけど……本当に結婚するのね」 「しません!」  なんど断られても懲りもせず、息をするように軽々しくプロポーズの言葉を吐く輩と、誰が結婚などしてやるものか。不機嫌に眉を寄せ、篠宮は係長に向かって断言した。

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