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膝枕の魅力
金曜日の夜。いつものように結城と二人で夕食を終えた篠宮は、居間のソファーに腰掛けながら新しい本を読み耽っていた。今日はいつもとは趣向を変え、ファンタジーの大長編だ。
しがない傭兵だった主人公が、身分を隠した某国の姫と出逢い、一緒に旅をしながら絆を深めていくという物語である。書評では『お互いに惹かれ合いつつ、恋愛になりそうでならない、絶妙なその関係性』がこの小説の魅力のひとつと言われていた。
互いに好ましく思い、誰よりも強い絆で結ばれているのに、なぜか恋愛にはならない。正直なところその複雑な感情は、篠宮には微妙に理解し難い部分があった。性格的に、白黒はっきりさせたいタイプだからなのかもしれない。
「あー。篠宮さんの膝枕、ほんと快適……この適度な高さ……あったかくて弾力があって良い匂い……」
食事の直後だというのに、結城は早くもソファーの上に横たわり、ごろごろと怠惰な時間を過ごしていた。篠宮の太腿に頰を擦りつけ、膝枕の魅力を最大限に楽しんでいる。
そういえば。結城も柔軟なようでいながら、恋愛のことになると意外に頑なな性格だ。一途というのは、言いかたを変えれば猪突猛進で周りを顧みないという意味でもある。
「結城」
「ん?」
「今さらだが、無事に退院したという話はご家族にお伝えしたのか。いくらかすり傷でも、大事な息子が事故に遭ったとなれば、やはり心配していただろう」
「あー、うん。いちおう親父たちに連絡はしたよ。実を言うと、退院祝いにみんなで晩飯でも食いに行くかって誘われたんだけどさ。どうしても篠宮さんに早く逢いたかったから……断わっちゃった」
結城の話を聞き、篠宮は水曜日の出来事を思い出した。
退院したという連絡を結城から受け取ったのは、たしか昼の休憩時だったと思う。晩ご飯を一緒に食べたいから、篠宮の仕事が終わったら駅で待ち合わせできないかという話だった。
上司として様子を確認しておいたほうが良いだろうと思い、一も二もなく承諾した。待ち合わせ後は結城のリクエストでステーキハウスに行き、こんなに食欲があるならいつ復帰しても大丈夫という判断を下した……概 ねそんな流れだったと思うが、その裏で結城が、家族の食事の誘いを断わっていたとは初めて知った。
「親御さんが誘ってくれたのなら、素直に行ってくれば良かっただろう。私とはほぼ毎日いっしょに居るじゃないか」
「だってー。篠宮さんはあんなに号泣するほど心配してくれたけど、うちのオカンなんか『ボサッとしてるからよ』の一言で終わりだよ? そんな冷酷無慈悲な家族より、俺が篠宮さんを大切にするのも無理ないと思わない?」
そう言って結城は口をとがらせた。かすり傷だと分かったとたん粗略に扱われた事が、よほど不満だったらしい。
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