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諦めて結婚して

「まあ、でもさ。いま思うと、みんなで食事するって手もあったよね。ちょうどいい機会だし、これが俺の婚約者ですって紹介すれば良かったかな」 「ばっ、馬鹿……誰が婚約者だ」  もし結城と結婚したら、自分も社長の息子ということになるのだろうか。いや、結城の父と母は内縁の関係だから、あくまでも赤の他人ということになるのだろうか。そんな馬鹿馬鹿しい考えが一瞬頭をよぎり、思わず赤面する。これ以上小説に没頭するのは無理だと気がつき、篠宮は持っていた本を手すりの上に置いた。 「えへへー、照れちゃって可愛いー。ねえ篠宮さん、もう諦めて結婚してよ。ね?」  どさくさに紛れて、結城がいつものプロポーズを繰り返す。彼が入院すると聞いて胸が潰れるような思いをした、その記憶が甦り、篠宮は反射的に彼に触れて温もりを確かめた。  家族や友人の都合など無視して、結城は何よりも恋人と過ごす時間を優先してくれる。甘えてはいけないと頭の中では分かっているが、結城と同じ状況におかれたら、おそらく自分だって彼との用事を優先してしまうだろう。惹かれ合うどころではなく、もはや溺れているといってもいい。事故の知らせを聞いて、尋常ではないほどに動揺してしまったのもそのせいだ。  恋愛の指南書などを見ると、あまりにもべたべたしすぎるカップルは破局するのも早いと、必ずと言っていいほどに書いてある。熱烈に燃え上がる恋は、それだけ冷めるのも早いという事だ。結城との関係を長続きさせたいなら、せめて自分のほうだけでも、もう少し冷静にならなければ。篠宮はそう思って自分を戒めた。 「タキシードもいいけど、やっぱ和装も捨てがたいよね……篠宮さん、お色直しは一回でいい?」  人の膝を枕に、結城が夢見心地で埒もないことを言い始める。テーブルに置いた結城の携帯電話から、メッセージの着信を告げる電子音が響いたのはその時だった。 「もー、なんだよ。人が楽しくイチャイチャしてる時に……」  面倒そうに起き上がり、結城は電話を手に取って画面を確認した。 「兄貴か。珍しいな」  ソファーの上であぐらをかき、結城は背もたれに寄りかかった。長い指を伸ばして画面をスライドさせるたび、その顔に驚きを伴った楽しそうな表情が浮かぶ。 「へえ……兄貴、結婚するらしいよ。ごめん篠宮さん、ちょっと電話するね」  恋人の頰に顔を寄せキスをしてから、結城はさらに身を起こして電話を耳に当てた。 「あ、兄貴。メッセージ見たよ。マジで? おめでとう! 結婚するってことは、やっぱそういうことなんだよね。ほら、前に言ってたじゃん。そうなったら結婚するって」  電話を握り締め、結城が嬉しそうに話をし始める。本当に仲が良いのだろう。

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