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時代と共に
「え、親父がそう言ってたの? また急な……まあしょうがないか。うちの家族がアポ無しなのはいつもの事だし。うんうん、分かった。楽しみにしてるよ。じゃ、またね」
身内同士の気軽な挨拶と共に、結城が通話を終える。電話をソファーに放り投げ、彼は甘えるのを我慢していたとばかりに、篠宮の肩にしなだれかかった。
「そういえば篠宮さん、うちの兄貴に会ったことあるって言ってたよね」
「ああ。趣味はラーメンの食べ歩きとおっしゃっていた、あのかただろう。たしかお名前は、冴島……信太郎さんだったか」
数年前に参加した懇親会のことを、篠宮は思い出した。
その中で紹介された冴島信太郎氏は、いま思うと、結城に似て人好きのする好青年だった。社長の息子と聞いて、容姿に自信のある女性たちが熱い視線を注いでいたのを覚えている。
「そうそう、その信太郎さん。去年から付き合ってた彼女が、このたびめでたく、結婚の話を承諾してくれたらしくてさ。善は急げってことで、明日さっそく婚姻届を出しに行くんだって。式のことは、また追い追い考えるって言ってたよ。いいなあ結婚……俺も篠宮さんと結婚したい」
羨ましげにぼそりと呟き、結城が横目で篠宮を見遣る。だが、篠宮の注意を引いたのはそれとは別の事だった。
時代と共に人々の価値観も移り変わり、結婚式にお金をかけるカップルは少なくなっている。最近では婚姻届だけ出して終わりということも多いようだ。とはいえ、結城の兄は日本有数の大企業であるサエジマ飲料の社長令息だ。『善は急げ』という理由で式の前に籍を入れるなど、社長の息子が結婚するにしてはずいぶんとお手軽なようにも思える。
「式の日取りも決まっていないのに、もう籍を入れるのか。ずいぶん急だな」
「あー、それがあの……いわゆるデキ婚っていうか、授かり婚? っていう奴なんだよね」
「そうなのか」
軽い驚きと共に篠宮は答えを返した。結婚前に子供が出来るような行為をした上、妊娠がはっきりしたからという理由で慌てて籍を入れる。懇親会で見た結城の兄は、とてもそんな無節操な男には見えなかった。人は見かけによらないとは言うが、それにしても納得がいかない。
「もしかして、社長が結婚に反対なさってでもいたのか。今どき政略結婚なんて古いかもしれないが、やはり大企業の社長の息子となれば、どんな相手でも良いというわけにはいかないだろう」
結婚を親に反対された末、自暴自棄になり、先に既成事実を作ってしまう。話の流れとしては、それがいちばん納得のいくもののような気がする。だがそんな篠宮の推測に、結城は首を横に振った。
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