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独占欲

「俺はあと少ししたら出かけるけどさ。篠宮さんは、もっとゆっくりしててもいいんだよ? 眠かったら、俺のベッドで寝ててもいいし」  お互いの家に行き来するようになって十か月以上経つというのに、篠宮のほうにはいまだにどこか遠慮がちなところが残っている。そんな篠宮に、結城は自分の家だと思ってくつろぐようにと促した。 「気持ちはありがたいが……帰るついでに、少し寄りたい所があるんだ。先週麻布に行った時、駅前のレンタルスペースで油絵の個展が予定されていると聞いて……ちょっとばかり興味があるから、散歩がてら見に行ってみようと思う」 「へえー、油絵の個展かあ。いいなあ。俺、油絵ってけっこう好きなんだよね。繊細だったり荒々しかったり、描いた人の個性が一目で分かるでしょ? 面白いよね。俺も見に行きたいな。ねえ篠宮さん、その個展って今日じゃないと駄目なの? 来週、俺と一緒に行けばいいじゃない」  一緒に行きたいと言われ、篠宮の心が少し揺らいだ。油絵が好きだという、恋人の新たな一面を知ってどことなく嬉しいような気持ちになる。芸術の秋と呼ばれるこの季節、気ままに街を歩きつつ、彼と共に美術鑑賞を楽しむ。それは篠宮にとって非常に魅力的な誘いだった。 「それが……個展の期間は一週間なんだ。来週の金曜が最終日だから、この土日を逃すと、見る機会もなくなってしまう」 「えー。そうなの? 困ったなあ……やっぱ兄貴のお祝いのほうは早めに切り上げて、明日は篠宮さんと、先週できなかった麻布デートに再挑戦しようかな。あの辺りって食べ物も美味しい店が多くて、大人のデートにはぴったりらしいし」  口許に指を当て、結城が少しのあいだ考えこむ。  軽くくちびるを噛み、篠宮は芽生えかけた独占欲に気づかないふりをした。結城が家族と過ごす時間を、自分の我がままで奪うわけにはいかない。 「……馬鹿なことを言うな。せっかくの家族のお祝いなのに、そんな理由で君が帰ったらみんなが白けるだろう。私のことは気にせずに、久しぶりの一家団欒を楽しんできてくれ」  篠宮が語気を強めて言い放つと、結城は渋々といった顔で引き下がった。 「そんな理由って……俺にとっては大事な理由なんだけどなあ。まあ、篠宮さんがそう言うなら仕方ないか。こんな事で篠宮さんに引け目を感じてほしくないし。他のことなんか気にせずに、心の底から楽しんでもらわなきゃ、デートする意味がないもんね」  先約を断わって無理に同行しても、恋人が罪悪感に苦しむだけだ。そんな思いやりのある彼の言葉が、かえって胸に突き刺さる。結城があくまでも自分のことを第一に考えてくれているのを知って、篠宮は申し訳ない気持ちになった。

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