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友人として

「そういえば……彼が言っていました。油絵は表現の自由度が高くて、描いた人の個性が一目で分かると」  篠宮は何気なく呟いた。『彼』というのは、もちろん自分の恋人のことだ。橘は即座にそれを察して、意味ありげな微笑を浮かべた。 「そうですか。描くほうの心も絵に出てしまうとは思っていませんでした。どうでしょう、篠宮さん……この絵を描いたのはどんな人物だと思いますか?」  近くにあった絵を指差し、橘は探るような眼で尋ねてきた。 「そうですね。どの絵も細やかなタッチで、落ち着いた色遣いです。構図も計算されていて、理知的な印象を受けますね。きっと、優しくて穏やかで……温かい思いやりの心を持ったかたが描いたのだと思いますよ」 「あなたの友人として相応しいでしょうか?」  早口でさらに質問を投げかけ、橘は恥ずかしそうに眼を伏せた。 「実を言うと……『恋人と一緒に来てください』なんて申し上げましたが、ちょっと緊張していたんです。そのかたがあなたを深く愛していることは、お話だけでも充分に伝わってきましたからね。実際にお会いしたら、あなたの友人として相応しくないと、ダメ出しされるんじゃないかと思って」 「橘さんで不合格と言われたら、私には友人が一人も居なくなってしまいますよ。たしかにちょっとばかり嫉妬深くて独占欲が強いところもありますが、橘さんでしたら、彼も文句は言えないと思います。私が請け合いますよ」  実のところ微妙に不安な部分はあったが、篠宮は表面上は力強くうなずいた。結城にだって友人はいるはずだ。浮気でもないのに、自分だけが行動や人付き合いを制限されるのは不公平である。 「そうですか。それを聞いて少し安心しました。お白州に引き出された罪人が、お奉行様の判決を待つ時のような気持ちでいたんですよ」  ほうっと大きく息をつき、橘が大仰に胸を撫で下ろす。その仕草を見て篠宮も思わず笑ってしまった。結城も、まさかこんな所で話の種にされているとは思っていないだろう。 「橘さん。今日はたいへん素晴らしい絵を見せていただき、ありがとうございました。それから、あのタルトタタンも……林檎と葡萄の風味がさわやかで、甘い物はが苦手な私でも美味しくいただくことができました。彼も、とても喜んでいましたよ」 「おっと篠宮さん。あの時はたしか、友人とおっしゃっていたと思いますが……やっぱりあれは、彼氏さんへの手土産だったんですね」  すかさず言葉尻をとらえ、橘が笑いをこらえながら篠宮を見遣る。思いもよらない自らの失言に、篠宮は顔を真っ赤にして恥じ入った。

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