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緊迫した空気

「そうですか。篠宮さんは、ミステリー小説がお好きなんですね」  カフェに着いてひと通り注文を済ませると、橘は眼鏡の向こうにある眼をきらきらさせて篠宮のほうに向き直った。どうやら、長いこと話し相手に飢えていたらしい。 「ええ。昔から読書は割と好きなほうだったのですが、最近はミステリーが多いですね。古典から現代物まで、いろいろ読んでいます」 「クールな感じの篠宮さんにぴったりですね。大きな声じゃ言えませんが、私は実はコメディが好きなんですよ。特に恋愛がらみの、いわゆるラブコメってやつが大好きなんです。シェイクスピアの『夏の夜の夢』なんて、最高のラブコメだと思いますね」  イングランドを代表する文豪の名を聞き、篠宮の中の『ラブコメ』という言葉に対する意識が一変した。恋愛をモチーフにした喜劇。たしかにラブコメだ。 「そのせいか、人の恋の話を聞くのも好きなんです。さあ篠宮さん、今から根掘り葉掘り聞かせていただきますよ。覚悟はいいですか」  獲物を前にした肉食獣のような表情を見て、篠宮はすくみ上がった。やはり、この場に結城を連れてくるべきだった。彼なら別に訊かれなくても、二人の惚気話を延々と一昼夜でも喋り続けていただろう。 「わっ、私の恋愛話なんて聞いても、面白くないでしょう」 「そんな事ありませんよ。興味津々です」  橘がぐいと身を乗り出すのと同時に、テーブルに飲み物が運ばれてくる。緊迫した空気が一時的に打ち破られ、篠宮はひとまず胸を撫で下ろした。 「とりあえず、乾杯しましょうか」  真っ白なナプキンを膝の上に広げ、橘は優雅な仕草でグラスを持ち上げた。中には軽く泡の立つ液体が入っている。おそらく前回飲んだのと同じく、梅のシロップのソーダ割りだろう。 「……乾杯」  美しいルビー色のキールをひとくち味わい、篠宮は自分のグラスをテーブルの上に置いた。 「それでは質問させていただきますね。彼氏さんとはどこで知り合ったんですか?」 「ええと……橘さん。本当にそんな事に興味がおありなんでしょうか」 「ええ、そりゃもう。ぜひとも知りたいですね。どこで知り合ったんですか?」  にこにこと明るい笑顔で、橘が重ねて問いかけてくる。その無邪気な表情を見ていると、何やら答えなければいけないような気になってきた。  先ほど飲んだ初めの一口が、胃の底を少しずつ温めていく。やけになって、篠宮はグラスの中の飲み物を立て続けに三口ほど(あお)った。 「別に、そんなに面白い話では……職場で知り合っただけです」 「真面目な篠宮さんらしいですね。どっちが先に告白したんですか?」 「それは……彼のほうから」 「やっぱり。そうだと思いました。プロポーズも彼からですか?」 「ええ」 「いつプロポーズされたんですか?」 「いや、いつというか……ほぼ毎日されています……」  篠宮が真っ赤になってうつむいたところで、助け船を出すように料理が運ばれてきた。

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