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焦りにも似た思い

「いただきましょうか」  朗らかに笑いながら、橘が温野菜のサラダに軽くフォークを突き刺す。こんな風に質問責めにされるなど想像もしていなかったが、取り立てて悪気もなさそうな橘の顔を見ていると、怒るに怒れなかった。 「篠宮さんは食べかたに品があってとても美しいですね。こういう店にはよくおいでになるんですか?」 「しょっちゅうという訳ではありませんが……まあ、たまには」 「もちろん、デートで。そうですよね?」 「いやっ、デートというかその……まあ、そうです」 「初めてのデートでは、どこへ行ったんですか?」 「その……植物園です」 「植物園! いいですね。初々しくて可愛いです」  橘が楽しそうに歓声をあげる。恋の話が大好きだというのは、どうやら本当の事だったらしい。  橘の尋問は非常に巧みで、篠宮が不快に感じるような際どい質問はしてこなかった。趣味は合うかとか、彼のどこが好きかとか、言ってみれば当たり障りのない質問ばかりだ。そのうちに橘も気が済んだのか、話題はよくある世間話へと移っていった。 「篠宮さんは、なんのお仕事をされているんですか」 「飲料メーカーの営業をしています」 「営業……大変そうですね。私のような男から見ると、余計にそう感じてしまいます。いろいろとご苦労もあるのでしょう」 「そうですね。自分には向いていないのではと思うこともありました。でも、今は……仲間に助けられて、なんとか形になっています」  窓の外の街路樹から、枯葉が一枚、ひらひらと舞って落ちた。  ガラスの向こうに眼を向けながら、篠宮は、結城は今どこに居るのだろうかと考えた。たしか彼は家族みんなで昼食を取った後、安産祈願のお参りに行くと言っていた。  安産祈願の神社といえば日本橋あたりだろうか。あんな人通りの多い場所に行ったりして、また下らない事故に巻き込まれなければ良いが。そんな思いが、不吉な黒雲のごとく胸に広がっていく。  我ながら心配しすぎだとは思ったが、あの事故以来、離れているとなんとなく彼の身が気になってしまうのは確かだった。愛する人を思い浮かべる時の、甘く優しいふわふわした想いではない。暗く淀んだ、不安でいたたまれないような、禍々しく焦りにも似た思いだ。  結城が事故に遭ったのは通勤途中だったから、すぐ会社に連絡が来た。しかし、もしプライベートだったとしたら、誰が自分に連絡をくれるのだろう。結城の身内は誰も、自分が彼の恋人だということを知らない。彼の家族から見れば、自分は結城にとってただの上司……赤の他人なのだ。

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