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フェアじゃない

「済みません。私もまさか自分があなたに恋心を抱くなんて、今の今まで思っていなかったんです。でも今日、こうして幸せそうに恋人のことを話すあなたを見ていたら……どうしてでしょうか。自分でも理不尽だと思うくらい、胸の奥から嫉妬が湧き起こってきたんです」  とんでもない告白を唐突に聞かされ、篠宮は唖然とした。たしかに結城は、毎日のように可愛いだの綺麗だのと言い、恋人に横恋慕する輩がいるのではないかと異常なまでに心配している。だが篠宮は、それをあくまでも恋人の欲目なのだと思っていた。  自分のどこに、そこまで男を惹きつけるような魅力があるのかさっぱり理解できない。判るのは同性であるにもかかわらず、橘が自分に対して、単なる友人以上の好意を抱いているらしいということだけだ。 「もちろん、私の一方的な片想いだということは重々承知しています。本当はこのまま何も言わず、ただの友人でいたほうが良かったのかもしれない……ですが、それではいつかあなたに迷惑をかけることになります。黙っているのはフェアじゃない。あなたを好きだと気づいてしまった以上、一刻も早く、はっきり伝えるべきだと思ったんです」  どうやら本当に冗談ではないらしいと気づき、篠宮は言葉を失った。自分に好きだと言ってきた男性は、これで三人目である。結城にエリック、そしていま眼の前にいる橘。女性より男性に告白された回数のほうが多いなんて、複雑な気分だ。 「篠宮さん。こんな風に自分の感情を押しつけたりして、ご迷惑だろうとは思っています。友人になっていただくというお約束も、白紙に戻してくださって構いません。ただ、最後にひとつだけ……お願いがあります。どうか一度だけ、私の絵のモデルになっていただけませんか。あなたのその、愁いを帯びた美しい顔を、永遠に絵の中にとどめておきたいんです」  美しいなどと評され、篠宮は背すじに寒気が走るのを感じた。結城から美人だと言われても気恥ずかしいだけなのに、他の人間から同じ言葉を向けられると、鳥肌が立つほどの嫌悪感を覚えるのは何故なのだろうか。 「モデルなんて……私には無理です」  絵のモデルと聞いて、美術学校の学生たちが、モデルを取り囲んでヌードデッサンをしている場面が頭の中に思い浮かぶ。顔を描くだけなら服を脱ぐ必要はないだろうが、どちらにしろ、篠宮は自分の容姿が鑑賞に耐え得るものだとは思っていなかった。 「図々しい申し出だとは分かっていますが……お願いできませんか、篠宮さん」  たしかに図々しいその願いを聞いて、篠宮は返事に窮した。  出会ってからまだ日は浅いものの、橘が友人として尊敬できる人物であるということは、直感で感じ取れる。そんな彼が自分に対して好意をもってくれているなんて、本来であれば喜ぶべきことだ。水商売の女性なら、これ幸いとモデルでもなんでも引き受けて、客との繋がりを強めるところだろう。

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