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見合い写真
手持ち無沙汰になった篠宮は、結城の淹れてくれたコーヒーを口に運びながらテレビに視線を向けた。リモコンを手に取りチャンネルを変えてみたものの、特に面白そうな番組はない。
隣では結城が一心不乱に携帯電話の画面を見つめ、明日の計画を立てることに夢中になっている。もうテレビは消してもよいだろう。そう判断を下し、篠宮はリモコンのボタンを押して電源を落とした。
居間の隅にあるマガジンラックに、大判の白い封筒が差さっているのに気がついたのはその時だった。
「なんだ……? あの封筒は」
「え? ああ……あれか」
結城が軽い溜め息と共に返事をする。その声にどこか意味ありげな響きが混じるのを、篠宮は聞き逃さなかった。
「ずいぶん立派な封筒だな」
よほど品揃えの良い文房具店で買ったのか、それとも特注なのだろうか。ファッション雑誌を入れても余裕があるほど大きく、うっすらと箔を散らした高級そうな和紙でできている。気になるのはその封筒が、見た目からして中身もかなり重要なものだと思われるのに、封さえ切られていないという事実だった。
「いや、えっと……どうでもいいじゃん、あんな封筒」
結城がめずらしく視線を泳がせる。何か言いづらいことがあるらしい。
「まあ、それは……たしかに、私には関係のない事かもしれないが」
それ以上追及するつもりもなく、篠宮はそのまま話を流そうとした。気にならないといえば嘘になるが、無理やり聞き出すのも気が引ける。篠宮の心遣いを感じたのか、結城は申し訳なさそうな顔で眼を伏せた。
「あー、んー。いや、本当にどうでもいい物なんだけどね……」
どうでもいいと言いながらも、結城は立ち上がって封筒を取りに行った。存在を知られた以上、このままうやむやにするわけにはいかないと腹を括ったのだろう。
「ほら。別にそんな大したもんじゃないよ。ただの荷物」
投げやりな声で呟き、結城は篠宮に封筒を手渡した。裏面には力強く黒々とした墨跡で『冴島信幸』と書いてある。
「社長からじゃないか」
「そうなんだよ。要らないって言ったのに、親父の奴、無理やり送ってきてさ」
迷惑極まりないといった様子で、結城が思いきり眉をしかめる。
表面上は内縁の子ということになっているものの、結城と父親の仲は良好なはずだ。その父親が、いったい何を送ってきたというのか。まったく想像がつかず、篠宮は和紙の封筒と不機嫌そうな結城のしかめっ面を交互に見較べた。
「そっか……気になるよね、やっぱり」
唐突に真剣な表情を見せ、結城はソファーの上に正座した。何やら思い詰めた様子で篠宮の顔を真っ直ぐ見据え、改まった口調で言葉を紡ぎ始める。
「篠宮さん。俺が好きなのは、篠宮さんだけです。俺が結婚したいと思うのは、篠宮さんただ一人です。それを踏まえた上で聞いてください」
「はあ……」
篠宮が間の抜けた答えを返すと、結城は実に下らない話だとばかりに、鼻に皺を寄せて苦笑した。
「こんなもの送られてきても、ほんと困るんだけどさ。まあなんて言うか……いわゆる、見合い写真って奴らしいんだよね」
見合い写真。そう聞いて篠宮はようやく得心がいった。家族が勧める結婚話ということであれば、金色の箔が付いたおめでたそうな封筒も、結城が渋い顔をしていたことも納得できる。
「なんかさー。兄貴が結婚したじゃない? 親父も気分的に盛り上がっちゃったみたいでさ。『おまえもどうだ?』なんて言ってきて」
「そこで見合いの話か」
「そうなんだよ……でも、俺が篠宮さん以外の人と結婚するなんて有り得ないでしょ? まあ例えばの話、俺がもし三十半ばだの四十だのっていう歳なら、親父が心配して見合い話を持ってくるのも仕方ないかと思うけどさ。俺、まだ二十四になったばっかりだよ? 見合いとか勘弁してよ。篠宮さんと結婚するなら、今すぐでもいいけどさ」
際限もなく文句を言いながら、結城は絶対に離すまいとでもいうように、しっかりと篠宮の腕にしがみついた。
その手を引き寄せることもできず、だからといって振り払うこともできず、中途半端に身を任せたまま篠宮は思い惑った。早めの結婚を勧める社長の気持ちも解らなくはない。男にとって……いや、人間にとって、自分の子孫は一人でも多いほうがいい。それは生物としての本能だ。
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