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証明してあげる

「君が見合いしたいと思うなら……私に、止める権利はない」  案の定その言葉を聞くと、結城はむっとした表情で口をとがらせた。 「篠宮さん。今からうちに行きましょう」 「うちにって……もしかして君の実家のことか。私をそんな所に連れていって、どうする気だ」 「決まってるでしょう。俺はこの人と結婚するって、親父に報告します」 「ば……馬鹿なことを言うんじゃない」  ソファーに腰掛けたまま、篠宮は思わず後ずさった。ここぞという時の結城の強引さを考えると、冗談ではなく、本当に引きずって連れていかれそうな気がする。 「馬鹿なことなんかじゃないよ。いい? 俺が好きなのは篠宮さんだけなんだよ。篠宮さん以外の人と結婚して子供が何人できようが、それは俺にとっての幸せじゃない。どうせ篠宮さんのことだから、やっぱり後になって子供が欲しくなるんじゃないかとか、将来的に自分の存在が重荷になるんじゃないかとか、そんな事ばっかり考えてるんでしょ?」 「そういう訳じゃ……」  篠宮が視線を泳がせると、結城はさも可笑しそうにくすくすと声を立てて笑った。 「もう。篠宮さんって、ほんと隠しごと下手だよね。しょうがないなあ。今から、俺がどれだけ篠宮さんを愛してるか、嫌っていうほど証明してあげる。ほら……おいで」  全力で飛びこんでこいとばかりに、結城が大きく両手を広げる。 「馬鹿……」  口ではそう言いながらも、甘い誘惑には逆らえず、篠宮は引き寄せられるように身体を預けた。 「……篠宮さんがそうやっていろいろ気を回すのは、それだけ俺のことを愛してくれてる証拠だとは思うけどさ。本当に、俺には篠宮さんしか居ないんだ。篠宮さんは余計なことなんか考えないで、黙って俺に愛されてればいいんだよ」  背中に腕を回し、結城は篠宮の身体をそっと抱き寄せた。  すべてを包み込んでくれる温かな胸に、篠宮は無言で頰を押しつけた。結城は気分によって何種類かの香水を使い分けている。だがどの香水を付けていても、こうして顔をうずめると、その底にいつも心安らぐ優しい香りを感じた。  父にも母にも甘えたことのない自分が、こんな年下の男に、子供みたいに甘やかされている。それを考えると滑稽で、篠宮は僅かに口の端を上げて笑った。 「好きだよ……篠宮さん」  変わらぬ愛情に満ちた囁きが、柔らかに耳許を撫でる。その力強い腕に身を委ねながら、篠宮は素直に思った。こんな風に抱き締めてもらうのは、なんて心地の良いことなのだろうか、と。

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