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デートの行き先
「あ、篠宮さん。起きた?」
寝室のドアを半分開け、結城が顔を出す。反射的に布団を引っ張り、篠宮は隠すように裸の胸を覆った。
「おはよう! 朝ごはんできてるよ」
明るい挨拶と共に、トーストの焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。いつもと変わらぬ彼の笑顔を見ると、朝方に見た下らない夢のことなど一瞬で霧散してしまった。
大丈夫、自分は片恋に悩む悲劇の主人公ではない。二人は恋人同士で、彼はいつも、過剰ではないかと思うほど惜しみなく愛情を注いでくれる。不満な点などひとつもない。
「いい天気だよー、最高のデート日和! 風邪だの入院だの最近いろいろあったせいか、こんな風にデートらしいデートするの、久しぶりな気がするよね。えへへー、楽しみ。篠宮さん、早く来てよ」
「あ、ああ……いま行く」
布団を握り締めたまま、篠宮はベッドの上に座り直した。愛され求められた昨夜の余韻が、身体の隅々にまで行き渡り、熱い火花のように活力を与えてくれる。眼を輝かせて微笑む結城の顔を見ると、幸福な想いが胸を満たした。
「待ってるからねー」
期待に溢れた楽しそうな声を残し、結城がドアの向こうに消える。視界に入ったごみ箱の中身に顔を赤らめながら、篠宮はシャワーを浴びるために立ち上がった。
デートの行き先に水族館がよく選ばれるということは、篠宮も今までテレビや雑誌からの情報で、なんとなく見聞きしていた。
なぜ水族館なのか。その理由については、今まで深く考えたことがなかった。まあ水族館といえば大抵は薄暗いし、その中で魚が悠然と泳いでいる様子を見れば、どことなく幻想的な気分にもなれる。並んだ水槽を順に沿って回るだけだから、男性がエスコートに困ることもない。大方その程度の理由だと思っていた。
だがその認識が誤りだったことを、篠宮は今になって思い知った。やはり何事も、実際に経験してみなければ分からないということはあるものだ。
「あっ、見て篠宮さん! ちっちゃなカニがいるよ」
唐突に楽しそうな声を上げて、結城が水槽の中を指差す。
「どこだ」
「ほら、こっちこっち、あの石の陰」
さりげなく肩に手を掛け、結城は自分の指差した方向が見えるように篠宮の身体を引き寄せた。
「あっ……」
瞬く間に吐息が触れるほどの距離まで近づき、篠宮は心臓が跳ね上がるのを感じた。
水槽の中にいる小さな生き物を同時に覗きこめば、必然的に顔と顔がすぐそばに寄ることになる。お互いに、相手を意識するには充分な至近距離だ。
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