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先人の知恵

 視線を向けられていることに気がついたのか、結城がちらりと隣を見て微笑む。ただでさえ整った彼の顔が、薄青い暗がりの中で神秘的なほど艶やかに見えた。  何度も肌を重ねた自分たちでさえこうなのだから、交際し始めたばかりのカップルが水族館へ来たら、一気に仲が深まって親密になれるだろう。遊園地や動物園と違って急な雨にも対応できるし、女性であればヒールのある靴など好きな服装を楽しめる。デートスポットひとつとっても先人の知恵があるものだと、篠宮は改めて感心した。 「あー、楽しかった。お腹も空いたよね。ちょうどお昼どきだし、ここで食べていこうか」  一通り館内を回り終えると、結城は近くにある、丸いテーブルの並んだ一角を指差した。食事ができる場所のようだが、レストランというほどかっちりとした造りではなく、デパートのフードコートのような感じだ。 「ああ、そうだな」  結城と並んでカウンターに行き、最初に眼についたハンバーグのセットを注文する。目立たない隅の席を選び、篠宮はトレイを持って椅子に腰かけた。  一面ガラス張りの壁からは、暖かな秋の光が射し込んでくる。周りには家族連れが多く、親は浮かれ騒ぐ子供たちをなだめるのに手一杯で、男二人のデートを見咎める者など誰もいなかった。 「いっただっきまーす」  結城が、美味しそうな香りを放つカツカレーを前に両手を合わせる。篠宮もそれに合わせてスプーンを手に取った。 「海の生き物って、ほんと不思議だよね。見てて飽きないよ。篠宮さんはどれが一番おもしろかった?」 「そうだな……やはり、マグロの泳いでいたあの水槽が、いちばん迫力があったように思う」  見上げるほどに大きな水槽の中を、生き物というよりは金属の塊のようなマグロが泳ぐさまは、文句なしに壮観だった。そう思いながら、篠宮はスプーンを口に運んだ。ハンバーグの味はそれなりだったが、特に不味いわけでもない。値段を考えれば妥当なところだろう。 「やっぱマグロかあー。あの大きな水槽が、この水族館の売りだもんね。俺、生きてるマグロって初めて見たんだけどさ。ぴかぴかに光ってて、なんだか生き物っていうよりも、金属の塊みたいだったよね。メカっぽいっていうか」  同じことを考えていたのだと知って、篠宮は思わず微笑を洩らした。 「君は何が印象に残ったんだ」 「俺はペンギンかな! あの、一生懸命よちよち歩いてる姿が可愛いよね。そういえば、おみやげ屋さんの所にペンギンのぬいぐるみがあったじゃん。俺、あれ買って帰りたいな」  口許に笑みを浮かべ、結城が顔色をうかがうように篠宮を横目で見る。彼のその言葉を聞いて、途中の売店に高さ四十センチほどの、比較的大きめのぬいぐるみが置いてあったことを篠宮は思い出した。

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