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至上の恋人
「ぬいぐるみって……子供じゃないんだぞ」
持って帰る手間を考え、篠宮は渋い顔をした。大の男が、ぬいぐるみの透けて見える袋を提げて歩くなんて、どうにも格好がつかない。男二人でデートしているだけでも人目が気になるのに、このうえ余計な注目を浴びることは避けたかった。
「ええー、いいじゃん。ね、お願い! せっかく来たんだからさあ」
結城が甘えた声で語りかける。結局は了承させられることになるのだろうと、篠宮は自らの意志の弱さに呆れ返った。こんなに身も心も、すべてを彼に奪われている自分が、結城の必殺技のひとつである『お願い』に敵うわけはないのだ。
「ね、いま思いついたんだけどさ。これからはデートするたびに、二人で選んだお土産を一個ずつ買おうよ。で、新居にそれを飾るんだ。玄関に寝室に、居間に台所に……そうすれば二人の愛の巣が、想い出でいっぱいになるでしょ? ね、いいと思わない?」
「ちょっと待て。いつ新居を建てることになったんだ」
またとんでもない事を言いだしたと、篠宮は眉をひそめて結城の演説をさえぎった。
「えー。まあ、まだ建てるって決まったわけじゃないけどさ。妄想するくらいは許してよ。庭付きの一戸建てに、仕事ができて可愛くてエッチな奥さん……最高だよね」
夢見るような瞳でうっとりと見つめられ、篠宮は恥ずかしくなって視線をそらした。誠に信じがたい話だが、結城にとってはいま眼の前にいる人物が、あらゆる美点を兼ね備えた至上の恋人に映っているらしい。
もちろんあの見合い写真の存在など、今の彼は綺麗さっぱり忘れてしまっていることだろう。山盛りのカツカレーをぺろりと平らげ、結城は満足そうな溜め息と共にお決まりの台詞を吐いた。
「ねえ篠宮さん、結婚してよ結婚。まあ今の俺は単なる平社員だし、営業にもなったばかりだし、篠宮さんに釣り合う男とはいえないかもしれないけどさ。俺だってこれからの伸び代を考えたら、そう悪い物件でもないと思うよ?」
「物件って……」
ストライプのシャツがよく似合う結城の姿を、篠宮はちらりと盗み見た。建物でいえば日当たり良好、立地は良く内装も綺麗、設備も整って至れり尽くせりといったところだろう。
そんな優良物件を独り占めにしているという事実に、胸の奥がむずむずして落ち着かない気持ちになる。幸せで満たされると同時に、自分がどれだけ彼を愛しているか、改めて知らされる思いだった。
「腹もいっぱいになったし……腹ごなしついでに、みやげ物屋に寄っていくか」
照れを隠すため、篠宮は必要以上に大袈裟な仕草で、水の入ったコップをテーブルに置いた。
「そうだね。行こう行こう、ペンギンさんが売り切れちゃう前に!」
嬉しそうな笑みを浮かべて、結城が立ち上がる。やはりこの笑顔には絶対に敵わないと、篠宮は自嘲気味に考えながら同時に席を立った。
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