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恋人と二人きり

「ああ、そうだな。せっかくだから行ってみるか」  途中で飲み物を買い、時折ベンチに腰かけながら気ままに公園内を散策する。結城と並んで他愛ない話をしているうちに、いつのまにか陽は傾き、夕刻と呼ばれる時間が近づいてきた。 「ね、篠宮さん。帰る前に観覧車に乗らない?」 「観覧車か……」  結城の誘いに、篠宮はあまり気乗りのしない答えを返した。高所恐怖症というほどではないが、高い所はあまり好きではない。何より、観覧車に乗るために並んでいる人々は、男女のカップルや家族連れだけだ。自分たちのように男二人のペアなど一組もありはしない。 「いま乗ったら、ちょうど夕焼けの時間に差しかかって綺麗だよ。ね、ね。乗ろうよ観覧車」  さらに促す声を聞き、篠宮は結城の顔をそっと見遣った。他ならぬ結城が望んでいるのだから、素直に従いたいという気持ちも多少はある。 「一周するのに、何分くらいかかるものなんだ」 「たぶん二十分くらいかな。あー、あそこに十七分って書いてあるね」 「だいぶ揺れるんだろう」  篠宮が不安そうに問いかけると、結城はそんな心配は要らないとばかりに口許をほころばせた。 「あれ、怖いの? へへ、篠宮さん可愛いー。まあ海の近くだから多少は揺れるかもしれないけど、今日は風もほとんどないし、大したことないよ。俺がついてるんだから大丈夫。篠宮さん、観覧車乗ったことないの?」 「……ない」 「じゃあ乗ろ! 決まり!」  半ば強引に肘の辺りをつかんで、結城がさっさと列に並ぶ。順番が回ってくると、彼はレディファーストのつもりか篠宮を先にゴンドラに押し込み、自らもペンギンのぬいぐるみと共に乗りこんだ。  外から扉が閉められ、観覧車がゆっくりと回りだす。秋晴れの穏やかな日だからだろうか。結城の言うとおり、さしたる揺れは感じなかった。 「……なかなか良い眺めだな」  篠宮は控えめに感想を呟いた。最初は気乗りしなかったが、乗っているうちに徐々に気持ちが高揚してくる。ここなら人目を気にする必要もない。誰にも邪魔されず、愛する恋人と二人きりだ。  調子に乗ってキスのひとつでもしてくるかと思ったが、結城は大人しく向かいの席に座ったままだった。 「……きょう見た結婚式場って、あの辺りかな」  段々と離れていく下界を見下ろし、結城が低い声で呟く。一面に広がった芝生の中に、夕暮れの光を受けて紅く染まる屋根が見えた。その向こうには大きな海が広がっている。灯り始めた街の明かりが、そこで働く人々の温かな息遣いを感じさせた。

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